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インタビューしあう 体験記

Wen-Do Japanの福多唯です。

友人がずっと続けている「インタビューしあう」をやっと体験できました。

オープン・ダイアローグの空気感を大切に、友人自身が作り上げた方法のようで、
こんなやり方でした。
 *詳しくは友人のnoteに出ているのでそちらを。私のは超ざっくりです。
  https://note.com/takenote/n/n3dd339c67510
  
:::::: 『インタビューしあう』の全体の流れ ::::::

●2人でします。前半・後半制。 

 【前半=Aさんが主に話し手、Bさんは主に聴き手】
 1。話し手は、話したいこと(どんなテーマでも完全に自由)を話す:5〜10分ほど
   聴き手は聴く(「遮らない!」とか「傾聴!」とかのルールはなく、スタイル・フリーでした)。
 2。話す/聴くを一旦終えて、ふりかえりの時間を持つ
   まずは、以下の3つを、それぞれにふりかえり、手元にメモる
    ①話すときに何を気にして話していたか(相手についてでも、何でもOK)
    ②インタビュー中に何か気になったことはあったか(相手についてでも、何でもOK)
    ③インタビューによって何らかの変化はあったか それは何によって引き起こされたのか(相手の印象等についてでもOK)
 3。上の①〜③をオープンに、お互いに相手に話します。
   話し手のAさんは「話すときに/話しているときに/話してみて…」という文脈になり、
   聴き手のBさんは「聴くときに/聴いているときに/聴き終えてみて…」という文脈になります。

 【後半=Bさんが主に話し手、Aさんは主に聴き手】*1。〜3。を同様に行います

●話の時間を終えたら、ブログなどに体験を言葉にしてみる(任意←このブログがこれ)

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前半で私が話し手を、後半は友人が話し手をしました。

「話したいことをどうぞ」という状況になったからといって、
『聴いてー!』という欲求めいたものが突如湧いてくることはないし、
それを我慢して暮らしているわけでもないので、
積極的に話したいようなことは特にはないなぁ…、ってなるのだけど、

テーマはなんでもいい、とされているので
最初は少し丁寧に自分の中を見てみました。

そもそも、『話したい』って、普段、大雑把な言い方をするけれども、
それって詳しくみてみると、どういうケースがあり得るかな?と。


他人様(友人)に積極的に伝えたい事柄・情報・気持ちは?…今はない。

他人様(友人)に耳を傾けて聞いて欲しい感情めいた何かは?…今はない。

嬉しくって幸せで自分の中に留めておけないようなフワフワした気持ちや事柄、
 たとえばのろけたいようなテーマの話題は?…今はない。

逆に、不快さ不愉快さの気持ちが強くて自分の中にだけ納めるのが難しいような
 テーマや気持ちは?…今はない。

誰かの意見/助言を聞いてみたい事柄や欲求は?…今はない(元々その欲求が私は薄いなあ…)。

嘆かないといられないような深い悲しみや後悔などは?…今はない。




なかなか何も出てこないなと思ったのだけれども、


助言や意見は要らないけれども自分の気持ちや考えを整理したり深めたりしたいようなテーマは?


そんな風に見てみたら、

「ないこともない。けど…」みたいな、
遠慮がちな声があるっぽい。


話したいこと、と呼びかけられてしまうと表には出てこないけれども
丁寧に扱われることや言葉にされることを欲している何かは、私の中にあるのだな。

フワフワ・フラフラしたままでも良くて短時間なら、この機会に、このフラフラを話そうかな?

うん。この友人にだったら、話すのにぴったりな感じはする。
そのことを、全く知らない人ではないし、かといって利害関係もないからいいかも。


そんな感じで、フワフワしたままでフラフラする感じについて友人に話しました。

* * * 

ふりかえりで、
「③インタビューによって何らかの変化はあったか それは何によって引き起こされたのか」についてふりかえったら、


今の私のフラフラを聞いて知ってくれた人が
ほんの数分前までは世界のどこにもいなかったけれども、
今は、1人だけだけれども、確実に存在している。

そんな風に思えて、その感じはちょっと興味深いものがありました。


最初は、変化なんて特に何もなさそうだなって思ったのです。


聞いてもらっただけで楽になった、など
よくある耳障りの良いセリフを、言えば言えないこともなかったけど
そんな必要もなかったから、

『変化って言っても、何もない。気持ちがや体が楽になったり軽くなったりもしてないしなあ…』
と手元のメモに書こうとしたら、

「何もないっていうそれは、本当なの?
 変わらないわけないと思うよ。
 だって、自分以外の誰かと共同作業をして、しかもそれは夢の中の出来事じゃないのだから。
 他者が関わっているのに何もないなんてあり得ない。
 『ビフォアとアフターで決定的に異なる点は何だ?』って見てみなよ」と言う声が(笑)。


内省を促すその声のおかげで、変化を見つけられました。


今の私のフラフラを聞いて知ってくれた人が
ほんの数分前までは世界のどこにもいなかったけれども、
今は、1人だけだけれども、確実に存在している。

インタビューしあう 体験記_e0024978_17373288.jpg

この実感って、もしかしたら大事かも。


まだ起きていない先のことだから可能性でしかないけれど、

話して聴いてもらったそのフラフラについて
もしこれから、何か変化が起きたら、
私は友人にそのことについて、「きいてー、あのあとね…」と、

『話したい』という欲求を持つようになるのかも。


「聴いて」と言える人を持つには、話すことが大事なのかも。
たとえそれで気持ちが軽くなることすらないように思えても。


困った状況にしばしば陥る人は
そのための種まきを無自覚なうちにしてしまっている


そんなことばに触れる機会がたびたびあり、
ある意味で、それは言えてる、って思うのだけど、


人が何に対してどんな欲求を持つようになるのか。
その種まきも、無自覚なうちに、
その人自身によってなされているのかもしれない。


私は、

「話したい」という欲求が沸かないような
そうした役割や振る舞いを、自分で選択的に取ってきていたのかも。



今の私のフラフラを聞いて知ってくれた人が
ほんの数分前までは世界のどこにもいなかったけれども、
今は、1人だけだけれども、確実に存在している。



もしかしたら将来
「話したい」と欲求するようになるのかな。

そのときにはまた友人とインタビューしあおうと思います。

「インタビューしあう」についての友人のnoteはこちらです。



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《このブログについて》
福多唯(Wen-Do Japan代表)の個人ブログです。
ようこそ。ここも読んでいただけているなんて嬉しいです。
ありがとうございます。


気づき、ひらめき、思いつき、取り組み、気持ち、愛…など、
人生を豊かにしてくれるものの多くは目に見えなくて形にもなりにくい。
それを少しでもなんとかしたい。そんな気持ちが常にあります。


そうした、形にならないものへのこだわりや愛着が
『その人らしさ』の核を成していくように思うから。


慢性病で、子どもの頃からたくさんの入院をしました。


どうして何をしても良くならないのかな? 
なぜ、私なのかな?
こんな人生に、意味ってあるの?
なにかの罰なのかな?
そんなに私が悪いのかな?

…と、そんな感じで、

一人きりでベッドでできることといえば、
『自分の内側とじっくりと対話する』くらい。
気づいたらそれが習慣になっていました。


『自分の内側とじっくりと対話する』ことを通して
私も、みんなも、自分をひらくような声をあげられたらいいなと
活動しています。


ちょっとでも関連しそうなことでしたら、
なんなりとお気軽にご連絡ください。




by selfdefence | 2020-08-18 17:43

Wen-Do Japanの福多唯です。私をひらく声をあげたら、蓋があいた。蓋の存在に気づいてすらいなかった私なのに。そんな、“世界が変わる 私のお守り” Wen-Do を地味に続けています。


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