こんにちは。
女性のエンパワーとセルフディフェンス Wen-Do Japanの福多唯です。
先日、Wen-Doでのある講習で興味深いご質問をいただきました。
「相手の言い分や要求がよくわからなくて、
聴いても、尋ね直しても、全然わからない答えしか返って来ない、
そんなときは、どうしたらいいか?」
夏〜秋にかけて私はまさにそんな気持ちで困り続けていたので、
私の気持ちを質問された気がしてドッキリでした。
自分も同じことであーだこーだと迷ったり悩んだりしてきたのに、
不思議なことに、
他の人からの質問としてその困り事がポンと出されると、
答えられちゃったりするものです^^;;
自分がどうしたいのか?がわからなくなるから
困るのかもしれないなって想像するのですけれども、
そうだとすると、相手の要求がどうであるかにかかわらず、
自分がどうしたいのか?をわかることが自分にとって大切なのかなと思うので、
相手の言い分がわからないぞ、と感じて困った気持ちになってしまったら、
自分に対して、
『《相手の言い分を理解してそれに応じて何かをする》っていうそれは、
《今》《私が》《ここで》すべきことなんだろうか?』って
尋ねてみるのもいいかもしれません。
《今》《私が》《ここで》すべきことは?って自分に聞くと、
本当はもっと別のことをしたいって気づいたり、
禁じられているわけじゃないんだからすればいいのになんでしないんだろう、って
思えたりすることも、あるかなと思います。
そんな風に答えながら、
『そう思うのなら、なぜ私自身がそれをできないで困り続けていたんだよっ!!』と
その後ちょっと考えてしまいました^^;;
自分が当事者になって渦中にいたときに、
それができなかったのはなぜなんだろう。
なぜ、で考えると、なんだかうまく頭が回らないな。
ええと…。
何が、私をシンプルにすっきりと考えさせることを阻んでいたんだろう?
う〜ん…。 ちゃんと したかったんだなー。
正しさを求めていたのかな。
正しく(ちゃんと)理解した上で、正しく(ちゃんと)考えて判断しないと、
正しく(ちゃんと)行動できない。
そんな思いが強かったかも。
先日のWen-Doの講習で、愛知県の女性のサクセスストーリーを紹介しました。
自宅に不審者に入られて暴行されそうになった女性が
どのようにして難を逃れたのか、っていうお話です。
家って、なくてはならないものですし、
人や財産を守ってくれるハコなわけですけれど、
状況によっては、その中に居続けると自由度が下がって
危険度が上がってしまうことがあり、
そんな時には、外に出るのも一案です。
愛知県のその女性は
『家から外に出られる状況に持っていかなくては』と考え、
そのことによってアイデアが浮かんで、難を逃れたわけで、
自分にとって有用不可欠に思える環境や枠組みや道具すらも、
時と場面に応じて柔軟に脇に置くこと。
強さや活力を最大限に発揮するためには、自由度を上げることが大事だなと、その話を紹介する度に思います。
『Wen-Doの『大声』は、逃げるための一つの手段なので、
大声を出すのは得策ではないと感じる時には、もちろん、出す必要はないですよ』
って、普段伝えているのと同じだな。
上の写真は、娘と食事をしたときのものです。
娘は、怒りながら話す人も居そうなストーリーを、
ものすごく楽しそうに、笑いながら、笑い話化することにとても長けているので、
私もあんな風になりたいと、よく思うのです。
あれも一種の、
『自分と価値観があまりにも違う人に出くわすと、価値観を振りかざす気にもならず、
取り下げて、心の自由度をあげる。
すると怒りがわくのではなく、笑うことができる』みたいな感じなのかな〜。
美味しいお肉でした。