人気ブログランキング |

女性支援

「私らしさ」をとりもどす☆傷つきからの回復ワーク 第1回 それは共依存…?

こんにちは。
Wen-Do Japanの福多唯です。


今日、10月1日は10月の初日でもあり♪
H26年度の金沢市での『「私らしさ」をとりもどす☆傷つきからの回復ワーク』
後期の初日でもあります。

内容はNPO法人レジリエンスのこころのケア講座の全12回。
金沢では、金沢市人権女性政策推進課と、民間団体のかなざわDVサポート凪が共催してくださっています。

より多くのかたに関心を持っていただいて
参加してみたいテーマの回に気軽に足を運んでいただけることを願って、
開催前に各回のテーマタイトルを皆で考えて、オリジナルにつけてみました♪


第1回の今日は、
『私に起きた出来事と私のつらさ その関連について』。


DVや虐待など、身近な関係性で起こる『暴力の構造と特徴』を改めて頭に入れて、
暴力、支配、抑圧、PTSD、トラウマ…など
今後この12回講座で頻出する言葉の意味を抑えるのが初回の主な内容です。


また身近な関係性で起こる『暴力の構造と特徴』を頭に入れる際に、
暴力を受けた人が暴力から遠ざかる選択をしにくくなるのはなぜなのか?を
サポーティブに理解するために、


どんな行為が暴力になりうるかだけではなく、暴力の『構造』を知っていきます。
(その『構造』を支えてしまっている『システム』については2回目以降で出てきます)


また、そうした関係性には、通常では理解しがたい葛藤を伴う心理的な結びつき(トラウマティックボンディング)が生じてしまうことがあるということや、
暴力にはサイクルがあるということ…等にも触れていく回です。


親しい間柄での暴力の構造とその特徴について話しをし、
次に、トラウマティックボンディングについて説明をしたところで、

ひとつ、ご質問をいただきました。


このご質問は特別珍しいものではなくて、
Wen-Doやコミュニケーション系の講座などでもしばしばいただきます。


そのしばしば出る質問というのは、

「そのふたりの関係性は、共依存なのでしょうか?」。


共依存…。
グサっと来る言葉のひとつだなぁ。


今回のワークショップには、DVを受けている人から、単にパートナーとの関係を考えてみたい人まで、
様々な人が参加しています。


そして、いらした方の事情や背景は問わないため、
私も、参加者さんたちがどんな状況なのかは知りません。


質問してくださったかたが、
パートナーさんとどんな関係で、どんな状態で、何に一番困っているのか。わかりません。


ただ、


私のような立場(大学教員などの専門家ではない)の者に、
私が担当するような講座やワークショップで質問をしてくださるかたは、

・共依存の学術的な定義を知りたいわけではない
・「私の何かが悪いために、相手の攻撃性を刺激しているのでは…」と考えることがたびたびある
・以前に他者からそのように指摘され、違和やざらつきを覚えた経験があって、
 ずっとそのことがひっかかっている

ことが多いです。


「そのようにご質問くださるのは
 どこかで何かを学ばれてのことだと思います。
 もしかしたら、その通りなのかもしれません。

 同時に、

 その見方だけでは、暴力を受けた人が、心の傷を癒したり、
 再び立ち上がって暴力から離れるために歩み出す後押しとしては
 不足する部分もあるかも?
とも思います。

 親密な間柄や家族間での暴力では特に、
 心理学的な見方や知識と社会学的な見方や知識の両方が助けになります。

 様々な視点や方法から、
 その人にとって最も助けになる視点や解決策を使えたらいいなと思います」




  *  *  *


本人の気持ちや意志は、どんなことにでも重要です。


パートナー間の暴力的な問題で言えば、
本人が、逃れたい、逃れるぞ! 私にはそれが出来る!! という気持ちになって
何らかの行動を起こす必要があります。


それを思うと、
例えば、妻が、支配的な夫に対して

「私がついていてあげないとこの人はダメになってしまう」
「私がこの人を見捨ててしまったらこの人はどうなるの」と
救済者的な役割の自分を見出してしまっている限り、
その役割から離れることは出来ない、という見方もアリかも
しれません。


関係性を『共依存』として捉えるような冷静さや知識は、
その状態から自発的に脱出するために、
有効に機能する場面もあるのだろうと思います。


同時に、


DVを受けている女性の全員がそうだというのは言い過ぎで、
「そんなこと、全く思ったこともない/私が離れられない理由はそれではない」という人も大勢います。



報復に怯えて暮らすことになるのは耐えられない、
だから、離れることを考えるほうがむしろもっと怖い、という人もいるでしょうし、


経済的な事情や母親としての役割意識、家制度のしばりなどのために、
相手から離れる気持ちにふんぎりがつきにくい人もいるかもしれません。


特に、
経済的なことや家制度など、社会のシステムに関わるような要因は、
暴力被害を受ければこそ障壁として実感されますが、


そうでもない限りは、
『普通のこと』『みんなそう(あなただけではない)』『それでも充分やっていける』等と思われたりして、
社会の障壁として課題や問題にあがってきにくい
ので、


当事者女性は、それらに不便や違和を覚える自分が未熟なのかなと思ってしまったり、
周りからそういう扱いを受けたりしやすく、


社会での改革もなかなか進まず、後回しになりやすいです。


社会に当たり前のようにそびえたつ諸々の障壁は、
ひとりで向き合うには高すぎて、その上存在自体が当たり前すぎて、
本人がそれを障壁として自覚することすら難しい。


共依存という見立ては、
パートナーとの困難な関係に悩む人にとって、
ある人には当てはまる可能性はあり、
その自覚や気づきが、解決の鍵になることもあると思うけど、

・当てはまらない人もまた存在する(決して少数でもありません)、
・当てはまる可能性がなくはない(共依存的側面があるのかもしれない)としても、
 そこから脱するには『社会的資源』が必須で、
 本人の気持ち・決意のみで即時に脱せるわけではない
というケースも少なくないなと感じます。

※そして『パートナーとの困難な関係』がDVの場合は、
被害者を共依存者として見るのではない支援やサポートが現状では基本になっています。


これからも沢山のかたと一緒に勉強を続けていきたいなと思っています。


次回は10月15日。
「『世間が私に求めるもの』と『私らしさ』」というテーマで
社会にある固定的な役割意識に目を向けてみます。
自分の意志でやっていたつもりの言動が、
実は自分で自分を、固定的な役割の枠に押し込んでいただけ…ってことも
けっこうある…かも…しれません?!


お気軽にご来場ください。

by selfdefence | 2014-10-01 17:31 | 女性支援

Wen-Do Japanの福多唯です。私をひらく声をあげたら、蓋があいた。蓋の存在に気づいてすらいなかった私なのに。そんな、“世界が変わる 私のお守り” Wen-Do を地味に続けています。


by selfdefence