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2014年 12月 26日

年末年始

こんにちは。Wen-Do Japanの福多唯です。

クリスマスが終わり、スーパーマーケットも街もとたんにお正月ムードに変わりました。


この時期が一番気持ちが重いという女性も沢山いるのだろうな。

クリスマスの準備は大変ですし(子どもさんがいたらなおさら)、
年末年始になると仕事が休みになり、家族での時間が密になります。
実家への帰省が心底苦痛だ、という方も少なくないですよね。


社会の様相と人の胸のうちは、たいてい解離しているんだよなぁ(^^;


でも、だからといって、
「浮かれ気分になんかなれない!」と心の中が嵐みたいになっているからといって、


晴天が欲しくないわけではないように、
お祝いとか、思い遣りとか、笑顔とか、プレゼントとかが、
要らないわけではないのだということが、
ようやく最近実感として、私も、わかるようになってきました。


要らないのは、
今以上の苦痛、今以上の頭痛のたね、「皆が楽しんでいるのになぜあなたは」という叱責、
「皆をもっと楽しませるために、あなたは身を削りなさい。
 あなたが一緒に楽しんでどうするの」という疎外や差別であって、


メリークリスマス!という笑顔の声かけや、
プレゼントや、
お正月を楽にするおせち料理や
初詣に一緒に行こうよ♡ というお誘いは、もらえるのならもらいたいな、と。


『もらっていい』という扱いを受けることに不慣れで、
『もらっていい』のゆるしを自分で自分に与えたことが一度もなく、
そのために、
なんだよ!そんなもの!! 欲しいとか言ってねーし!!
と突っぱねることしか知らなかった頃もあったけど、


そうやって突っぱねても、
そうか、気持ちに触ったならごめんね。プレゼントはここに置いていくね と
あっさりと謝ってやわらかく距離を取り、おだやかな気持ちと私への愛情ある姿勢を崩さない、
そういう人たちとの出会いや関わりがいくつかあって、


そのおかげで、
突っぱねた私も、
過剰な罪悪感や自己嫌悪に呑まれずに済み
(現場では『平気でいるんじゃねーよ! 悪かったと思えよ!!』と憤ってはいるのだけどw
 それでも、《そんな風に突っぱねられるなんて悲しいわ。ヨヨヨ》と崩れられることに比べたら、
 はるかに、はるかにマシだったなと思います)
穏やかな気持ちに近づいて来れました。


私も、突っぱねられても穏やかな気持ちと愛情を崩さずにいられるようになろう。
まだもうちょっと時間はかかりそうなのだけど。

でも、きっと、いつか。


今年も皆様には大変お世話になりました。
年末年始の家族旅行や帰省にお出かけになるかたは、どうぞお気をつけて!


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by selfdefence | 2014-12-26 08:58 | つれづれ
2014年 12月 16日

6-10歳のころの深い悲しみ 〜治療共同体の作り方〜

こんにちは。Wen-Do Japanの福多唯です。

H26年12月13日と14日、新大阪で行われた「治療共同体の作り方」なる研修に参加しました。
主催はもふもふネットさん。(このネーミングがステキ〜。もふもふ♡)


治療共同体というのは、(関心があるかたはその言葉で検索していただくと情報が出てきます)
共通の課題や困難を持つ当事者同士での自助グループの機能に、
援助者などによるサポートが統合された共同体(グループ)のこと。


病院内や施設内で、病院や施設側の発案や意向とサポートを得て、
摂食障害やアルコール依存や、被害者などのグループ活動が行われることってありますよね。
施設やそこのスタッフ(援助職・専門職者)の、
場所/人手/資金/知恵や知識や助言…などのサポートを得ながら行われるグループは、
自助グループというより治療共同体であることが多いかもしれません。


やることは、主に、自分のことを語ること。
回復や成長の方向を目指しながら、正直に自分自身について語る…という、
やることはただそれだけが中心なことが多いのに、
実際にやってみるとこれはけっこう難しい…。(失敗経験が私自身も何度かあります)

また、形だけ続いていても、成果(参加者の回復や成長。犯罪を犯した人の共同体なら再犯率の低下などの具体的な数字)につながらないまま…ということも。


12月のもふもふネットでの2日間では、
米国のアミティに学ぶ、ということで、アミティの理念ややり方のご紹介を講義していただきながら、
ときどきワークも実際にやってみる形で、共同体の作り方について学びました。


  *  *  *  *  *


私は振り返ってみるとこの30年間ほど、持病が悪化して入院生活に入った中学生の時以来ずっと、
何らかの形で治療的な要素を持つグループ(共同体)というものに関わり続けてきて、
当事者として自分について話したり、援助者としてグループの一員であったりし続けてきました。

あまりにも長年、沢山、そうした機会を得てきたので、
もう話したいことは全部話した、と思ってきました。


話し尽くしたからこそ、昔のように人と会うと自分のことを話してばかり…となることも今はなく、
人との集まりの場で、黙っていられるようにもなり(笑)、
人の話を聴けるようにもなりました。


それは事実なんだけど、
…話したいことを全部話したのも、「聞いて!」という衝動が突き上げてくることがなくなったのも、
 人の話を聴けるようになったのも事実なんだけど、

今回の2日間での、最初のワークで、いきなり「え?!」と思いました。


なにをしたかというと、「感情のタペストリー」というワーク
(年表のワーク と言ったり、クロノロジカルと言うこともあるワークだ、と聞いた気がします。
 ↑走り書きしたメモによると)


下記のような感情が、表で言うところのX軸に並べて書いてあり、

     安全  安心  喜び  怒り  悲しみ  幸せ  恐怖  平和

0-5歳

6-10歳

11-15歳

16-20歳

21歳〜

という年齢毎でのY軸があります。

それぞれの年代で、それぞれの感情を感じたときのことを小グループのメンバー同士で語ります。


研修では時間の関係で、全ての感情について全ての年代で考えてみる時間はなかったので、
6-10歳のときの、安全 安心 悲しみ  を感じたときのことと、
21歳〜今での、安全 安心 悲しみ  を感じたときのことを、小グループで話しました。


「え?!」と思いました。
こんな風に年齢ごとに区切って思い起こして語ってみたことはこれまでにないので。


6-10歳のときの悲しみについて、自分の中を総点検してみると…。
思いつくことはいくつかありました。
それぞれについて、「何歳のときのことだったのかなあ…」とちゃんと見てみたのもはじめてです
(見てみても、もう自分でも何歳だったのかはよくわからないことが多かったけれど。
 安全や安心については、だいたい、何歳頃のことなのかはわかるのだけど、
 悲しみについては、年齢がかなりぼやけていました)。


その中で、今この場で話してみよう…と思えることっていうと…ええと… とやっていると、

話さなくてもまあいいか、という優先順位の低いものがまず落ちます。
そういうエピソードは、
自分の中では(悲しかったけれど)完了していて、落ち着きどころが既にあり、『出来事』化されているのだなということが
話そうとしてみたことでよくわかりました。


逆に、どちらかというと、話してみようかな…と浮かんできた悲しみは、
未完了で、落ち着きどころが未だに見つからず、出来事化されきっていません=感情が生なままでした


ああ、そうか。
だからこれまで話そうと思ったこともないし、話してみたこともないんだ。
フワフワしていて落ち着きどころがなくて完了していないことは、捕らえようがなく、話せない。
同時に、
話そうとしてみない限り、それは、未完了なままなのかも(年月で癒されるものならとっくに完了しているはず)。


私は、話したいことは全て話し尽くしたと思ってきたけれど、
それは事実なのだけれど、
私がかつて話したことは、『話したいこと』だけだったのね。


『話せていないこと』の中に、大事なことがまだ残っていたのだなあ…。


研修内では、一応、その、
話せていなかった6-10歳の頃の(かどうかは正確にはわからないけれど)悲しみについて語るということをやってみました。

けれど制限時間を意識しながらの語りでしかなかったし、
実際の共同体での、
「じゃあ、今日もはじめましょう」みたいな、共同体でのワークの開始の場づくりや導入を経て
(そうした時間での自分の気持ちの動きや高まりを経てから)
ワークに取り組むというやり方ではなかったこともあり、
私の気持ちの準備がちゃんとそこまで辿り着いていなかったので、
単に、形だけ話してみました、に終わっちゃった感じでした。

残念ではあるけれど、そこは研修、実体験と同様にできない部分があるのは仕方がないです。


あれをちゃんと、共同体を作って、準備もして、
必要な時間を確保して話してみる…という風にしたら、私には何が見えてくるのかな。
なんだか、すっごく重要なものがそこにありそうな予感がします。


2日間で学んだことは、他にも沢山、ほんとうに沢山あって、
知識面でも感情としても、得るものがいっぱいでした。
共同体というものを作って活動する/しないに関わらず、役立つことがいっぱいです。
  関心を持ってくださるかたは、一緒に近いうちにごはんでも行きましょう♪ お伝えします。


生きている限り感情は動き、傷つくこともあるので、
誤った行為を選択してしまう可能性から私達は誰もが、逃れることは出来ません。


それでも、より良い生き方を望むとしたら、
…良いっていうのは、私の今の定義で言うと
 自分にとって喜びや安らぎや充足感をもたらし、周りにそれを広めることに貢献できるような、です…
どうしたらいいのか。
これも、誰にとっても共通の、重要な、関心毎になり得えると思うのです。


「治療共同体の作り方」での学びはそこに役立つことが沢山ありました。
これまでもそうしてきたように
これからも、実践しながら身につけて、機会があれば広めたり残したりしたいなあと思っています。


常に幸運ばかりに恵まれるとは限らない。
常にいい人で居続けられるわけでもない。

私には、
世界で一番『悪い私』を知り尽くしているのは私だ、という気持ちがあって、
それは何をどうやっても、ゼロにはできない。


そんな私に自己肯定感などというものがあるのかどうか、
いまだに、私には、よくわからない。


それでも、良い行いを重ねていくことは出来る(^^)
そう思える2日間を過ごしました。


藤岡さん、毛利さん、坂東さんの、もふもふトリオの研修は最高でした。
皆様お世話になりました。



写真は、リボンを使って皆でアファメーションをする「絆のワーク」の完成状態(?)です。
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by selfdefence | 2014-12-16 18:49 | 学びのシェア
2014年 12月 16日

小学校でのWen-Doってどうやるの?♪

こんにちは。Wen-Do Japanの福多唯です。

H26年12月12日は金沢市内の小学校で、6年生女子の皆さんと一緒にWen-Doでした。

 これは、6月に一度目があり、12月の今回は2度目でした。
 一度目は学区で見守り活動をしてくださっている『森山町スクールサポート隊』さんが主催してくださり、
 2度目の今回は《金沢市男女共同参画出前講座》としての講座です。
 ★金沢市男女共同参画出前講座はサークル/企業/地域活動団体など
  誰でも利用できる制度です。
  男女共同参画社会の推進に資する学びで利用ができます。


2度目なので、参加してくださる6年生女子の皆さんは
既にどんな感じのことをするのか、や、
私がどんな感じの講師なのかをご存知です。

学校の先生方とも、お目にかかるのは2度目です。
でも、講座に入ってくださる担任の(? 係の、かな?)女性の先生以外のかたは、
どんな風に講座が行われるのかを知る術がありません。

終了後に教頭先生が「子どもたちの様子はどうでしたか?」と、
ご関心をお寄せくださったので、
どんな風に/どんなことを講座で行ったのか(するのか)を、簡単にお伝えしました。


  *  *  *  *  *


Wen-Do で私達が取り組むことは何かというと、
1)不安の払拭
2)そのための具体的な手段の獲得
です。

それは言葉を変えると、
1)何を知りたいか
 (を自分に問うて、知りたい事柄と、その奥にある自分の疑問や不安など動機を言語化する)
2)どうしたらいいか
 (を自分に問い、考えて、やってみて、調整を加え、自分にとって良い方法に仕上げる)
に取り組むことでもあります。


この日、この小学校では2度目だったので、
まずは前回学んだ動作をひととおり、実際に動作しながら復習しました。
そのあと、

      今やったことについてでもいいですし、
     『こんなときはどうするのか?』という新しいことでもいいので、
      何か知りたいことはありますか?

と6年生達にお尋ねしたら、


ある子が、
「みぞおちがグエッとなる方法って他にありますか?」と。

復習動作で、背後から襲われかけたときのひじうちをやった直後でもあったので、

      さっき、後ろにいる人へのひじうちをやったから、
      前から襲われそうになったときの方法を知りたいってことかな。
      それで合ってます?(質問をくれた女子生徒さん、うんうん!とうなずく)
      
      ひじを使う方法がいい? それともみぞおちへの方法が知りたい?

「みぞおち。グエッってなるのって強力そうやし、逃げられそうな気がする(^^)」


生徒さんが『知りたい事柄』と『その動機』の確認がこれで出来ました☆
ここまで済んでから、いよいよ どうしたらいいか に入って行きます。


      わかりました(^^)
      そしたら、ご自身だったらどんな動作でやろうと思う?
      何かイメージはあるかな?


すると彼女は、カメハメハー!みたいな、両掌を同時に前にグッと差し出すような動作をしてくれました。


      なるほどー! それいいじゃん!! それで行こう♪

      じゃあ、その動作を、
      もっと強力にしつつ、もっと自分がケガをしにくい安全なものにしましょうか。

      みんなもこの動作を一緒にやってみて?(と、場の全員に同じことを考えてみるように促す)。

      今やってみて、この動作のままでやると、何か心配になることってあるかな?

すると、
『手が痛くなりそう』『あたったときに指が痛そう』などの声があちこちからあがります。

      ああそうか。ホントですね。

      じゃあ、手や指が痛くならないようにするには、
      この動作をどんな風に改善したらいいんだろう?
      思いつくことを、みなさんその場で、ちょっとやってみていただけますか?!
      人に向けてじゃなくて、動作は空中にですよー
      (と言わないと、隣りの人に動作をやろうとしたり、二人組で試そうとしたりする人が出てくるので、
       このひとことは添えます)。


すると…このあたりが小学6年生が参加者さんのときの、可愛くて嬉しいところなのですが♡…
みんな、思い思いの動作をその場で積極的にやってみてくれます。
(大人だとやってみてくれる人が少なかったり、シーンとしたままになることもあるのです)

いくつかの動作を拝見して、そのまま採用させていただけるものが見つかれば、

      おおっ! それいいね!! 
      皆で一緒に、今◎◎さんがやってくださった動作をやってみましょうか。
      ◎◎さんの動作で私がいいなと思った点はどこかというと


と、ポイントについての口頭説明を添えながら
いただいた質問への答えとし、全員でその動作練習を行います。


そのまま採用させていただけるものがあるとは限らないけれど、
かなりいい線に行く動作は必ず出てきます。


参加者さんが出してくださった動作を基に、「それいいですね!!」としながら、
より意外性の高まる動作、
よりパワーの出しやすい動作、
より私達の体への安全度を高めてくれる動作に、
時間があればそれも皆の意見を取り入れながら、
時間がないときにはこちらから補足する形で微調整し、あとは同じ☆


この講座の日、6年生の皆さんからはかなり近い動作まで出てきたので、

      みんながやってくれた動作を見て、ひとつ思いついたやり方があるんだけど、
      こんなやり方ってどうかな? ちょっと見ててね。(と、やって見せる)

      今みたいにすると、動作が簡単になってやりやすいし、
      手も指も痛くなく出来そうじゃないですか?(^^)

としました。
Wen-Doのマニュアル内には入っていない動作になったのだけれど、
そうした展開になることもけっこうあり、それは私にとってもかなり楽しいです♪


3時間程度までのWen-Doでは、(私の講座スタイルでは)ほとんどがこんな感じです。
参加者の年齢に関わらず、小学校低学年のお子さんとの講座でも、成人女性とのWen-Doでも同じです。


『咄嗟の場面で私に思いついた方法は、私にとっては価値がある』と皆が思えるようになることと、
『とにかくやってみれば道が拓ける』と皆が思えるようになること。

短時間・単発でしか接点がないWen-Doの講師が短時間内で参加者さんにさせていただけることは、
そのあたりしかなく、
そういう意味では、Wen-Doの講師には全く専門性は問われないのだけれど
(だからWen-Doの講師は、女性ならどなたにでも目指していただけます☆)、


そこを、精神論を説くような方法でもなければ、
カリスマ的な講演等で心を動かして皆の意欲を高める、というのでもなく
(そういう要素も皆無ではないけれど)、
実際の、具体的な身体動作を行いながらサポートするのがWen-Doの特徴なのだろうなと私は思っています。

  *  *  *  *  *


講座が終わってから、生徒さんが片付けをしていた私のところに来てくれました。

「先生、中学にも来る?」

      中学かあ(^^)

「私、◆◆中学やよ!」

      ◆◆中学に来年の春から行くんだ?! 楽しみだね。
      ◆◆中学校に行けるかどうかは、今は私もわからなくてなんとも言えないけど、
      中学校に行ったら、中学校の先生に、
      「小学校のときにこういうのをやってとっても良かったから
       忘れないようにまたやりたいです!」って言ってみて?(^^)

「あそっか。私が先生に言えばいいんや☆?!
 よしっ! 頑張るね( ̄∇ ̄*)ゞ」


期待してます(笑)。


真面目な話、小学校6年生のうちから、
【学校の先生に子どもから「私は◎◎を学びたいです」と言ってもいい】と気づくってすごいなあ。


どんなことでも、思いついたらとりあえずやってみる!の精神で、
皆さんがステキな人生を歩んでいけるように心から願っています。
皆様、ありがとうございました。

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by selfdefence | 2014-12-16 16:09 | 講座の御礼
2014年 12月 04日

北原みのりさんとろくでなし子さんの逮捕に思う

Wen-Do Japanの福多唯です。

驚きました。北原みのりさんの逮捕を伴っての、ろくでなし子さんの再逮捕のニュースに。

今年の夏、ろくでなし子さんが逮捕されてはじめて、私はろくでなし子さんのことを知りました。

私は…そうでありたくはないのだけれど…頭のかたいところがあって、
最初はろくでなし子さんの『作品』や『作風』について「なんだそれ」と感じたのが正直なところでした。

言葉にするとしたら、そのときの内心の正直な思いは、

・常識的に考えて、ふつうはやらないでしょ、それ。
・これのどこが芸術なのか共感できない。
・やっちゃダメなことなんじゃないの、それは。

に、限りなくかぎりなく近かった。


でも、私は公立の美術大学を卒業したので^^;;(←私が美大卒だなんて、他の美大・芸大卒のかたを冒涜するようで気がひける…
公立の学校に、裸体のトルソや石膏像(レプリカですけど)がゴロゴロしていた光景も、すぐに思い出すのです。

それに、性的な表現にかかわらず、
《これのどこが芸術なのか共感できない》と感じてしまう作品に出会うことも
(これは美大卒に関係ないけど)多々あります。
   
  …しかもそれが現代アートの著名な作家(の作品)だったり(笑)


一糸まとわぬ全裸の女性を複数でぐるりととりかこみ、
彼女のつま先から髪の先まで、シワやホクロまで、2時間も3時間もじっと見つめて、
それを毎日繰り返す…という日々を、デッサン実習のために過ごしたこともある。
(見つめてただけじゃないです。
 見つめながら描いてました。←当たり前すぎる補足だけど念のためw)


そうした現実や、自分自身の本音の掘り起こしや、体験や…を思い起こすと、

・常識的に考えて、ふつうはやらないでしょ、それ。
・これのどこが芸術なのか共感できない。
・やっちゃダメなことなんじゃないの、それは。

と、一瞬思ったとしても、
それを言うのは、何よりも、私のためにならないから辞めておこう、となります。

何がアートで何がそうでないか、
何ならやって良くてどこからはダメなのか。
それを決める権利は誰にあるんだ?(私じゃないのは確かだな)と思うから。


  *  *  *  *  *


アートとされる、絵画や写真や彫塑作品や時にはパフォーマンスなどで
性的な表現のものは沢山あります。

私はどうだったかな。そういうものやそういうクリエイト作業?に向き合ったときに。

常に平常心でそれらをアートとして見ていたのか。
常に平常心で、実習として、コツコツと裸婦デッサンをしていたのか。

そんなわけありません^^;;
そういう人もいるかもしれないけど、私は違う。


ドキドキしたり、
性的な感情や欲求を揺るがされることがあったりします。
嫌悪感を覚えることもあれば、よろこびに似たものに満たされることもある(観るだけなのにね)。

だからこそ、
〔人を性的にかき乱す可能性の高いものは猥褻物として取り締まれ!〕なのかもしれないけど、

そんな乱暴な発想を、反射的に即座にするのもまた、なんていうか、
底が浅いというか、あまりにも貧しいというか。


性的なものに対して自分の中で何かが起きかけたときに、

「いやいや、でも、今私がするべき行動はそっちじゃないでしょ^^;;」とか、

「作者はこれをアートとして提示しているのだから、
 作者の意図や主張に耳を傾ける姿勢くらいは持ってみよう。
 耳を傾けたその上で自分はどう感じるのかを改めて見てみる…という間を取る努力を、
 私もしてみようじゃないか」とか、

いろんなことを、頑張ってみる。
そういうことを、美大で、多少はやってたよな、私ですら。と思うのです。

そうやってなんだかんだして、
《私情を一旦脇に置く》ことを学んだり、
《相手の主張を客観的に受けとめる努力をする》ことを学んだり、
《あなたはそう感じるのですね。私はこう感じています》と
【対等に自己主張をするための、自分なりの術】を磨くことの重要性というものを学んだりしてきました。


そういう作業は別にアートや芸術に携わらなくても、
皆が何らかの形でそれぞれにやっていることなのだろうけれど、
美術大学というのは、
私が、
そういうこと(性的なものに関わらずの『そういうこと』)を内心冷や汗かいて、
けど表向きはポーカーフェイスを装いながらやってきたぜいっ!
…ということが、
否定したくてもできないほど、わかりやすい場だったなー…と思います(あくまでも私にとっての話)。


美術大学を出ながら、表面的には全く関連のないことを仕事にしている今でも、
美術大学でああした体験が出来て、美大卒で良かったなあと思っています。
文化とか知とか教養とかたしなみ…といったものから、ものすごく遠い生き方を私はそれまでしていたので。
(今も五十歩百歩な気はするけど、
 本人にとっては50歩と100歩は倍の差がある!w)


  *  *  *  *  *


そこまで自分を振り返ってみてから、
あらためてろくでなし子さんの逮捕について私がどう思うのか? とやってみると、
一度目の逮捕のときにも、その逮捕はあまりにも不当だ、と私は思いました。

・常識的に考えて、ふつうはやらないでしょ、それ。
・これのどこが芸術なのか共感できない。
・やっちゃダメなことなんじゃないの、それは。

という気持ちがキレイに覆るわけではないです。
でもだからといって、逮捕されてもしょうがないわね、とは、絶対に思うまい!という気持ちは
くっきりはっきりしてくるのでした。


ろくでなし子さんの作品をわいせつ(性的な羞恥心等をかき乱すもの)だというなら、
ドキドキしながら、生身の全裸の女性のデッサンをしていたときの私自身のありようのほうが
よっぽどわいせつだった(^^;; 。


  *  *  *  *  *


北原さんの今回の逮捕とろくでなし子さんの再逮捕が
どこでどんな事情で決まったのかは、私にはよくわからないです。
色々と推測はするけれども、しょせん素人の推測の域を出ません。


納得できる理由が公にされていない以上、
ここまでのことをやらないとならない、のっぴきならない何らかの事情、
しかもそれは『秘密』でなくてはならないような事情…があるのだろうな、くらいしか。

そんなことのために人が犠牲になって良いとは決して思わないけれども、
組織では個人的な倫理観や気持ちというものが通用しない局面があるのも想像がつきます。
私がその組織にいたら止められたのか?と想像してみれば、
それは途方もなく難しく、悔しい事態に思えます。


逮捕に関わった皆が、やりたくてやっているわけではないことを願うしかない。
本当はそうしたくなかった、止められるならとめたかったという人がいることを願うしかない。
どうかおふたりが不当な拘束から1日も早く釈放されて欲しい。


逮捕となった北原さんとろくでなし子さんと、
今回のことに図らずも関わることになってしまった人たちに、
知人でもなんでもない私が何をどうしたらいいのかは皆目検討がつきませんが、
とにかくこの逮捕には、ものすごく胸がざわざわしています。

願いをせめて形にしたかったので、私はとりあえず署名をしました。
(元のURLがとても長かったので短縮URLにしましたが、
 アクセス先は Change.org です)


芸術家・ろくでなし子氏の即時釈放を要求します

http://chn.ge/1yi5MQD




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by selfdefence | 2014-12-04 18:06 | つれづれ
2014年 12月 02日

2014年11月Wen-Doなどのふりかえり

こんにちは。
Wen-Do Japan の福多唯です。

10月〜11月末の、講座の多めな時期が終わりました。
私は金沢市住まいで、冬場は交通網が乱れやすいため、冬は冬眠に。これからはのんびり〜です。

後追い記事も書かないままででしたので、11月の振り返りをば。


11月は最初の連休の、センサリーアウェアネス(←体験記にリンクしてます)からスタート。


11月7日は「音ごはんプロジェクト」さんに主催していただいて
板橋で夜のWen-Do講座を開いていただきました。

この日の参加のご感想を、とっても詳しく書いていただいていて、
先日拝見して感動しました!
「ぬくもりを受け入れる心と体へ
 セラピーハウス こんぱすの森  渡邊べんさんのブログ」


写真OKな参加者さんや主催グループのかたと記念撮影☆
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参加者さん(上記写真以外のかた♡)からいただいたお菓子↓♪ ありがとうございます。
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11月8日〜9日は
摂食障害回復サポート あかりプロジェクトのSHG(セルフ ヘルプ グループ)セミナーにて
進行役を担当しました。

自助グループって、はじめるのはさほど難しくないのだけれど、
運営をはじめてみると、いろんなことが起きてきます。
場にも、自分自身の中にも。
自分にも来場する仲間にもやさしいグループ運営をするにはどうしたらいいかを考えて話し合ってみたり、
自分の課題を整理する時間を設けてみたり…など、
2日間でじっくりと学び合いました。

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11月14日は明石市にて「お疲れな私に贈る3つのプレゼント〜自分にも利用者さんにもやさしいコミュニケーション〜」のワークショップ。
大好きなフォーカシング要素を生かしたコミュニケーション講座です。
主催は明石ソーシャルワーカー事務所さん。

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11月15日は同じく明石ソーシャルワーカー事務所さんの主催で、
明石市ではじめてのWen-Doを開催していただきました。
これについてのレビューはWen-Do Japanのページに掲載しています♪

明石では数年前(もう10年近く?)に受けた研修、
『家庭内で暴力を目撃した子どもの心の回復プログラム』で一緒だった、久しぶりな友達にも会えました♪
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11月16日は石川県で『セルディ』さんによるWen-Do。
セルディ通信で「もう5回目の開催なんだ!」と、改めて感謝の気持ちで胸がいっぱいです。

Wen-Do はほとんどのかたは1回、または基礎講座まで受ければ気持ち的に満足しますし、
そうなるように出来ています(《護身術》なので、修練や鍛錬が不要なように出来ています)。
そのWen-Do を繰り返しご開催くださるのは
『多くの女性に知ってもらって、女性が安心できる社会づくりをしたい』という
セルディメンバーさんのまっすぐな思いがあるからだろうな。
本当にありがとうございます。

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11月23日は映画上映会「むかしMattoのまちがあった」をしました。

この映画は、性的に奔放な女性が、ただそれだけで『異常な子』とされて精神病院に入れられるシーンから始まります。
彼女を異常と見る母親もまた、辛い思いを背負っていました。
病院で働くニーヴェスは、徐々に自分の本当の声に気づき、
それにフタをしない生き方の尊さを大切にするようになり、
これまた苦しい思いをすることにもなりますが、経済的にも精神的にも自立していきます。

そのあたりも描かれていたこの映画を、
ぜひ多くのかたや、Wen-Doをずっと応援してくれている友人たちと一緒に見たかった!
皆さんありがとうございました。


11月29日(土)は大分市男女共同参画センターさんの主催で
大分市初のWen-Doをご開催いただきました。
2講座もご設定くださり、午前が親子で参加できる90分講座。
午後が一般女性向けの150分講座です。

大分の方々は、オープンで、ノリが良くて、私が何を言っても爆笑してくださり(笑)、
終始笑顔でニコニコとご参加くださったのが印象的です。

何人ものかたが、「また大分で開催はありますか?」「次回はいつですか?」と
尋ねてくださったので、
その想いとご質問はぜひ男女共同参画センターのかたにぶつけてみてください、とお返事しました。

大分市職員の皆様にもとてもあたたかく迎えていただきました。
昼食には、大分市の名物の「とり天、琉球、だんご汁」の全てがいただけるお店に
ご案内いただきました♪


会場のお部屋。ここであんな声を出していいのかしら…^^;;
100畳ほどあったと思います。ひろびろ〜。
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センターの所長さんと↓。
もっと室内の写真を撮らせていただけば良かったな。
大分市男女共同参画センターさんはミーティングテーブルあり、授乳室あり、
絵本コーナー(かなりの冊数です)あり、2歳くらいまでの子を遊ばせるのにぴったりな遊戯場ありの
女性が気軽に訪ねやすいステキな空間作りをなさっていました。
今ならこのクリスマスツリーもとってもキレイです♪
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こんな雑誌もゆっくり読めます。
男の育児バイブル FQ JAPAN

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…以上、超駆け足ながら、11月の振り返りでした。
合間に、金沢市で開催の
「私らしさを取り戻す〜傷つきからの回復ワーク〜」(かなざわDVサポート凪さん)もありました。
(これは全12回なので継続中。興味のある回だけの参加ができます。
 詳しくはこちらです


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12月は小学校でのWen-Doがあり、リピートでのご依頼なので、とっても嬉しく楽しみです♪♪
来年は長野の松本市に行きます。

その前に年末年始のご挨拶だわ ^^;;


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Wen-Do Japanの公式サイトはこちら
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by selfdefence | 2014-12-02 18:32 | つれづれ