<   2014年 11月 ( 1 )   > この月の画像一覧


2014年 11月 18日

センサリー・アウェアネス 2014京都

こんにちは。Wen-Do Japanの福多唯です。

2014年の11月上旬の3連休、京都市内で開催された
センサリー・アウェアネス』のワークショップに行ってきました。
今日はその体験記です。


sensory =五感の感覚に関わる、知覚の
awareness=意識、認識、気づき


その名のとおり、
《どんな感覚を感じているか?》に意識を向け続けるワークショップです。


例えば、カーペット敷のお部屋に座って、体験のシェアの話しをしばらくしたあと、
またワークを再開する、となったとしたら、

「では、そろそろまた立ち上がってみましょうか。

 …という言葉を耳にしたときに、既に何かの準備が自分の内側で始まったことに
 気づく人もいるかもしれませんね…

 少しずつ、ゆっくりと立ち上がっていきましょう。

 身体のどの部分が、どのようになっていくでしょうか…。

 あなたの身体は、どのようにバランスを保っているのでしょうか…。

 立ち上がると、何かが変化して感じられることもあるでしょうか…。

 それはどのように感じられるのでしょう…。

 足の裏が接しているものは、あなたにとってどのように感じらるでしょうか…。

 体重のかけかたを微細に変えることで、その感じは変わるでしょうか…。

 …」

というような声かけが、優しくゆっくりと、けれどもしっかりと届く声で
講師のジュディスから私達に届けられ続けます。

(*きっと、正確な言葉遣いからはほど遠いと思います。
 私の記憶の中ではこんな風な感じだったなあ〜となっているけれど、
 私の記憶に取り込まれた時点で、
 ジュディスがあの場で発した言葉がけは『私の癖』で捉えられ変換されて記憶されているので)


そういった時間が20分強程度…かな?…続くと、一段落して、
シェアタイム(どんな感じに気づいたかを、話したい人は皆の前で話します)。


シェアの時間は、こうしたタイプのワークショップに慣れている私にも
長めでゆったりしているなあと感じられました。
45分以上続くことはさすがになかったかもしれないけど…くらいな感じです。

発言者が発言し続ける限り講師は遮らず、発言したい人がいる限りシェアタイムは続きます。


その、体験+シェアタイムの組み合わせで、ワークショップは進んでいきます。
やることがシンプルなので、興味深いことがけっこう色々と(自分の内側で)起こります。


  *  *  *  *  *


3日間のワークショップでした。
最初はわからなかったのだけれど、やっているうちに途中で気づいたのは。

センサリー・アウェアネスでは、
《どんな感情が起こってくるか》に関するような言葉がけはしないのだな、と。


シェアのときに、発言者が、感情や思考について発言をすることはあるのですが、
(例えば、「目をつぶるとちょっと不安になってきて…」とか「どう考えれば良いのか混乱した」など)


講師のジュディスが、
『もしかしたら、何らかの感情がわいてくることに気づくこともあるかもしれません』
みたいなことを予め言うことはないのです(というのが私の記憶←違ってたりして…)。


身体の動きや感覚に意識を向けてみましょう、と呼びかけられ、
なるべくそうしてみよう、と思いながらやるはずなのに、


それでも、考えが浮かんできたり、感情が出てきたりすることがあって、


それに気づくと、改めて思うのです。
「なぜこんな気持ちや考えが(たったこれだけのことをしているだけで)出てくるんだろう?」


で、その疑問に頭が集中しかけたときに、
ジュディスの声が聞こえてきたりするんですね。


『あなたの身体は、どのようにバランスを保っているのでしょう…』などなど。


ああ、疑問に集中して思考モードになると、
【今自分がどのように在るのか】への気づきから遠ざかってしまうわ!(^^;;  
と気づいたり(考えたり、かな)、


『バランスを保つ…?
 私のこの感情も、何かのバランスを保とうとして出てきているのかな?』と思ってみたり。


【常に、ただ気づく】だけの自分に留まることはとても難しく、
つい、意味付けしようとしたり、理解したくなったりしてしまうものなのだな…ということにも
気づきます。


考えてみたり、疑問に感じたり、感情が出てきたり、何かを自分に言い聞かせてみたり、
スイッチを一度切ってまたオンにして仕切り直してみたり…


ということを絶えず繰り返しながら、ワークに参加していました。


  *  *  *  *  *


そんなこんなで3日目になり、ジュディスが提案したワークはこんなものでした。

『今から施設の外に出てみましょう。
 (中略)
 そして、何か気に入りのものをひとつ、この部屋に持ち帰ってきてください』


気に入りのものねぇ…。
葉っぱとかかな。石かな。木の実とか落ちてるといいな…♪

と、まだ施設の外に出てもいないのに自分の内側で何かが始まってるよ!(^^;; と気づき、
苦笑気分で表に出ていった私。


その前の2日間で、私の心身はかなりセンサリー・アウェアネスモードになっていて、
普段とはちょっと違う知覚や意識の状態でいる…
ような気がしていたのだけれど、


突然、気づいてしまいました。


「何を持って帰ろうかな♪」と、外にあるあらゆる物に対して
物色するかのような、品定めをするかのような、
ものすご〜く下劣な視線を向けている私に。


葉っぱや石やどんぐりや花など、何を見ても、
これはイマイチ、と思ったり。
これはそこそこいいかもね、と値踏みしたり。
こっちのほうがこっちより綺麗、と比べてみたり。
かたつむりを見て(これを持っていったら皆が驚いて笑うかも♪)と
他者受けするかどうかの視点で自分の言動について考えてみたりしている。


そんなことをあれこれとやっている自分に突然気づいて、
気づいてしまうと、愕然として、落胆して、悲しみが溢れてきて、


さらに言うと、自分のしていることを『品定めのような下劣な』ことだと、
自分で自分を裁く自分がまだ私の中にしっかり居たということにもほんとうに飽き飽きして、


気に入りのものと出会うところではなくなり、
何も持たずに、とぼとぼと部屋に戻りました。



品定めをするかのような視線であらゆるものを見ていたのは、
「それを持ってくるなんてすごいね! いいね!」と思われたいからだし、


自分で自分を裁くのは、
「下劣で侵襲的なことをしないあなたはさすが!」と思われたいからなのが、
自分では、瞬時に、手に取るようにわかるのです。


【他者から一目置かれる私でいたい】というこの私の欲深さって、
いったいどこから来ていて、どうしてこんなにも染み付いてしまっているんだろう。


気に入りのものを持って帰ってきましょう、と言われただけなのに、
どうして私は自動的にこんな風になるんだろう。


こういう、暴力的な癖をなんとかしたくて私はずっとやってきているはずなのに、
京都の山奥に来て、センサリーアウェアネスのワークの3日目でこれかよ…orz




全員が部屋に戻り、集まると、
講師のジュディスが
「みんな、外でどんな体験をしてきたでしょうか。
 何かシェアしたいことのある人はいますか?」と言ったので、


私は、この気持ちのままだとこのあとの自分が難しくなるなと、発言しました。


    ものすごく悲しい気持ちです。


その理由や、どんな体験をしたかを話すと、
彼女は、
『私は、あなたがズルいことや悪いことをしたとは思わないわ。
 あなたは、あなたを守るために必要なことをしているのだと私は思います』
というような言葉をかけてくださったのですが、


    それは、頭ではわかるし、自分でもそう考える部分はあります。
    でもさきほどの気づきとこの悲しさは、なんていうか…耐え難い。


私がそう答えると、彼女は優しい表情で、それ以上は何も言いませんでした。


  *  *  *  *  *


そのあと皆はワークの続きをはじめました。
私はちょっとそこに入れる状態ではなくて、どうしたものかな…と思ったけれど、


外に出てこの気持ちになったのだから、
もう一度外に出てみるか、と、外に出ました。


真の意味で気に入りのものが見つけられないと、
この気持ちは解消できないのではないだろうか…、と考えながら外に出たのだけれど、


外に出たら、空気が室内とは冷たさも湿気も輝きも違っていました。


ああ、ついさっきまでとは、自分は全く違った場所、時間にいるのだな。


深呼吸を何度かしてみると、泣いた頭もスッキリしてきます。


ああ、ついさっきまでとは、私の身体の状態は今こんなにも違うのだな。


そうだよ。
こうしてすぐに過去になってしまう程度のことなのに、
私はなぜ、あんなにも泣いたんだろう(笑)。


そう思えてきて、
一周、ぐるりと散歩をしました。


感情にとらわれすぎてしまうと、過去がいつまでも過去じゃないままで留まってしまう。


パニックになりかけたときや、フラッシュバックが起きそうなときにも
知覚を感じることに意識を向けるようにやるよな、そう言えば。

知覚に意識を向けるってすごいな。



そんなことを思い出しつつ、【何かを持って帰ろう】とは考えずに歩いていたはずが、
なぜかどんぐりをポケットに入れていたことにも気づき、照れくさくなりましたw



そうそう、気に入るっていうのは、
つい手で触れてみたくなるような、
ひっそりと持ち帰ってしまいたくなるような、
自分がふっとゆるむような、
こういう感じのことだ。


私だって知ってるじゃん、ちゃんと。


  *  *  *  *  *


これが、私のセンサリー・アウェアネス体験でした。
きっと、人によって、起こることや体験することはみんな違うのだろうなと思います。


センサリーアウェアネスジャパンによるワークショップは
年に一度恒例となっていて、
来年は9月19〜21日:山村都市交流の森・翠峰荘で行われるそうです。


また、10月末には本が出ました。
ワークショップの様子がとってもよくわかる一冊です。


詳しいことはセンサリーアウェアネスジャパンのサイトにて。
ステキなサイトです。ご興味があればぜひ(*^^*)



e0024978_13171246.jpg

[PR]

by selfdefence | 2014-11-18 13:17 | 学びのシェア