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2014年 02月 24日

アレクサンダー・テクニークのWSで学ぶ

こんにちは。


アレクサンダー・テクニークとは何か?については、
上記京都校さんのページでご覧ください(^^)
【はじめての方へ】


そして私の感想は…というと、
ぜんっぜんわからなかったのですけど(爆)、すっごく楽しかった!

わからないというのは、
おっしゃっていることがわからないとか、
何に効果があるのかわからないとか、
「ホントかなあ?」と怪しく感じるとかいう意味ではなくて、


施術を受けてみても、身体にはピンと来ない感じというか、
言葉が出なくなってしまう感じ。



もうちょっと正確に言うと、

私なりに「あ、こんな感じかな」と感じられることもないわけではないのです。
ただ、それがあったとしても、
それは私の『習慣的な、馴染みのある感じ取りかた』からもたらされている実感らしいぞ…とWSの初期段階で思ったので、
私が感じたことを口にしてしまったとたんに、
アレクサンダー・テクニークが狙うところと私が
遠く離れてしまっているのかも…という感じがしてしまうんですね。
すると、実感を口にしようとしても、言葉がたちどころに消えてしまう感じ。

感じ 感じ と多いけど(笑)。


例えば、京都校の新海みどりさんが私に触れてくださったときのこと。
私の身体がほんの少〜しだけ、前方に傾くようにしてくださいました。
実際はそれは前方に傾いてはいないらしく、
もしも鏡で見たらその姿勢はほぼ直立に近いそうなのだけれど、
私の身体は後方に反りぎみな姿勢で立つクセがついているので、
私の実感(身体で感じられる感じ)としては
「前に傾いていてなんか変な感じ(違和感が大きい)」なのです。

私が前に傾いていて変な感じと感じているときに、
みどりさんが「太ももの筋肉は今どんな感じですか?」と尋ねてくださいました。
その瞬間の私の実感としては、
《普段より力が入ってがんばって上体を支えている感じ》でした。

でも、そう言ってみると、そうではなかった。
事実を反映しての正解(?)は『普段より太ももの筋肉はやわらかくなっている』のだそうです(実際、みどりさんの身体を触らせていただいたら確かにそうでした)。

「本当は上体は前に傾いてもいないし、
 実はこのほうが、太ももの筋肉も、余計な緊張から解放されて柔らかくなっているん ですよ」とおしえていただいて、
それはそれで興味深くて「へえ〜〜!なるほど!!」と思うのですが、

 (*2/26 今読み返して思ったことを追記します。
   本来は、上記のようなことを上記のような言い方で
   アレクサンダーの教師側から言うことはないのかも?と思います。
   私はほんとーにわからなくて(笑)、私がそういう顔なのをみどりさんもご覧になっていたので、
   現場では ああかな、こうかな、と、もっと多くのやりとりがありました。
   上記はさまざまな視点でATを説明してくださる中でのほんのひとこまです。
   読んだかたに『アライアンス京都校の教えかたってそうなんだな』との誤解がないように願ってます♪)
   

私が信頼してきた私の身体の実感が現実を反映しているものではなく
クセや習慣によって既に歪んでいるのだとしたら、
私は何を信じたらいいんだ??? みたいな感じにも包まれてしまうので、
拠り所を一気に失うというか、
言葉すら自由に使えなくなる、というか。


そんなわけでワークショップでは
「今どんな感じですか?」と聞かれるたびに何も言えなくなり、
「…わかりませんf^_^;」を連発してきたのですが
(だって〜、そういう状況下で私ができる唯一のことは
 正直でいることだけだったんだもの 笑)、
その私に、講師もスタッフの皆さんも時間をかけて丁寧に接してくださいました。


アレクサンダー・テクニークへの愛情と情熱と信頼感をお持ちで、
アレクサンダー・テクニークの普及を願うからこそ
「わからない」を連発する受講生にも皆さんがあのように接することが出来るのかも、と思ったし、
丁寧に対応して教えていただけるという体験自体は心地良いので、
とっても楽しい2日間になりました。


なんていうんだろう。
学ぶ ということの価値って、「わかる」ことだけではないですね。
そして、
「アレクサンダー・テクニークを学ぶ」ということについては
今回のわたしはいまひとつだったかもしれないけれど(そんなに容易くわかるものではない、ということかもしれません)、
「アレクサンダー・テクニークのワークショップで学ぶ」ことなら沢山できました。

満足度高し♪



いやー。それにしても。
馴染みのあるやり方を手放すって、ものすご〜〜〜く大変。


私も、馴染みのあるやり方(暴力的な解決の仕方)を手放すということを
私なりに続けてここまで来ていて、
でも、やっとというか、所詮というか、未だにこの程度…、ってことも
自分でわかっているので(^^;;


馴染みのあるやり方を手放すってつくづく大変なことだ、と実感しています。


Wen-Doが女性と出会うとき、
私たちは、間接的にだけれど、女性がこれまでなじんできた世界観や
物の感じ方や考え方、対処方法に対して、
ある種の揺さぶりをかけていることは私も承知しているので、


その揺さぶりが、女性にとって暴力的にならず、
「馴染みのない方法だけど、ちょっと試してみてもいいかも?☆」という希望と共に
Wen-Doの提案を受け取っていただけるようなものであり続けるよう、
伝え方や方法については繊細でありたいなと改めて思いました。



アレクサンダー・アライアンス・インターナショナル・京都校では
来年もこの時期に「セルフケア」のWSを開催できればとおっしゃっていました。
私はとっても良い時間が過ごせました。
来年参加したいかたはこちらをチェックなさると良いかも♪ です。


アレクサンダー・アライアンス・インターナショナル・京都校


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by selfdefence | 2014-02-24 15:16 | つれづれ
2014年 02月 20日

「怒る」と「叱る」

こんにちは。

昨日、
「『おたがいさま』は互いを尊重するコミュニケーションと言える?」という題で書いたものを読んでくださった(のであろう)かたから、
HPのフォームよりご質問をいただきました。

ご記入のメールアドレスにお返事したらエラーになってしまいましたよう〜〜。
こちらで書かせていただきます。いつかご覧になっていただけるかな?(^^)

ご質問は、

怒ると叱るはどうでしょうか?


怒るは暴力的な関わり度合いの危険度が高く、
叱るは危険度が低いと言えるかどうか、ということをお尋ねくださっているのかなあ…。

真意がわからないのでズレた内容になっていたらゴメンナサイ。


 *  *  *  *  *

私にとっては「怒る」も「叱る」も大差はないように思える(笑)ので、
「怒るでも叱るでもない関わりかたを増やす」道を選ぶ、っていう発想はお気持ちに添いませんか?と
提案してみたい気持ちです(*^^*)。


怒るでも叱るでもない関わりかたというのは、
たとえば、

・ただ伝える
(例えば「この機械はこう使わないと危ないんだよ」とか。
 「私はそれは嫌いだから私にそれをするのはやめて」とか)
・相手の気持ちや意見を聞く(「何を思ってそうしようとしたの?」)
・何かに困っていないかどうかを聞いて、一緒に考える
 (相手が約束や決まりを守れない様子なら、
  そうしたくてもできなくて相手も困っているのかも)
・(聞いた上で必要なら)話し合う、一緒に考える

などなど。

「怒る」でも「叱る」でもない関わりかたのバリエーションが持てるようになればなるほど、
怒ると叱るの違いを意識する必要がなくなるのではないかな?と思います。


  *  *  *  *  *


Wen-Doのトレーニングの一環として私がトロントに行き、
現地でのワークショップに参加したとき。

ワークショップはもちろん英語で行われ、参加者もカナダ人女性。
そのなかにいて私は流暢に英語が話せるわけではありません。
けれども、ワークショップの開始時に
メイン講師は私を「この女性は日本から来ているインストラクターよ」と
紹介してくれたので、
参加の皆さんは、私をインストラクターとして見る、という状況がありました。

そのときに、講座中、ちょっとふざけたようなことをしがちな人がいました。
その人の近くでワークショップを受けている人は、
『インストラクターがあの人たちを注意してくれたらいいのに』と期待しているかのような感じです。
私でなくても、英語の話せるインストラクターが対応すればいいのですが、
状況によっては、私がその人たちの近くに位置するときには、私が何か介入をしなくてはならないかもしれません。
なんせ、講座は丸2日間、15時間のコースでした。


そのことを不安に思って、休憩時間に私は、
メイン講師であり私の師でもある女性に、
「ちょっとふざけがちな人たちがいたじゃない?
 何か危なそうな場面に気づいたら、なんと言えばいいかな?
 英語がうまく出ないから、私ではうまい介入はできない気がする」と尋ねました。

彼女が私に答えたのはこうです。

「あら。気を楽にして(笑)。
 ただ伝えればいいのよ。私達がするのは常に『伝わるように伝え続ける』ことだけ」

ああ、そうか。伝わるように伝え続ける。か。
なるほど、とは思ったけれど、さらに聞きました。

   具体的には、何と言えばいい?
   私の英語力で私がすぐに使える適切な単語とか、何かない?


と重ねて聞いたら、

「Just tell women "No" firmly if you don't want it. And Smile.
 Or, Just say "Oh,You are doing so well. Keep practice." 」
(してほしくないことをしてる人たちがいたら、ただ毅然と「やめて」と伝えるの。笑顔でよ。 
 それか「いい感じですね! その調子で練習を続けてください」かな)

と、ニコッと言われました。


ああ、そうか。
人と愛好の気持ちで関わろうとするときには
『あなたに私はちゃんと目を向けていますよ』ということを伝わるように示せば、
言葉はNoでもGood Job!でも、どっちでもいいのか。


もちろんそれは一時的な関わりだったり、初期対応の基本だったりなので、
慣れ親しんだ相手や家族、膠着状態にある関係をときほぐすときには
別のツールも必要になるのでしょうけれど、
基本はそこか、と思えたその彼女の返答は、今でも印象的で強く残っています。


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by selfdefence | 2014-02-20 16:01
2014年 02月 19日

「おたがいさま」は互いを尊重するコミュニケーションと言える?

こんにちは。

今日は「心の傷と私らしさの学習会」の最終日でした♪
寒い中&決算や確定申告等でお忙しい時期にご参加いただいてありがとうございます。

今日は、境界意識と、それがコミュニケーションや『ふたりの関係』に
どう影響するのかを見てみるところからスタート。

暴力的な関係になる危険度の高いふたりの境界と、
危険度の低いふたりの境界を、図にしながら考えを整理していきます。

図にして整理したのちに、
危険度の低い間柄でのコミュニケーションの特徴と
危険度の高い間柄でのそれとを、対比しながらあげてみました。

例えば、

 《危険度の低い間柄》         《危険度の高い間柄》 
 ・互いを尊重する           ・相手を否定、侮辱、無視する
 ・力関係や権利の大きさに差がない   ・権利の大きさに差がある

というような感じで。


そのときにいただいたご質問が興味深かったので、
シェアと補足をこちらでさせていただきます(^^)/


いただいたご質問は

「『おたがいさま』は危険度が低いコミュニケーションだと言えるでしょうか?」 でした。


具体的にはどんなやりとりをイメージしてそのように尋ねてくださっているのかを
確認のためにお尋ねしたら、
質問をくださったかたは以下のようなニュアンスで教えてくださいました。
(*その方がそのときにおっしゃったことをそのまま明かすのは避けたいので、
  ニュアンスが変容しない範囲で、
  そのかたのご発言を書き換えています↓)


「どんなやりとり…そうですね…、困っているときはおたがいさま、って言いますよね。
 あと、
 例えば、困っていなくても…

 自分がひとりになりたいことがあるとしますよね。
 そういうときに、『ヒマなら買物に一緒に来てよ』と言ってくる人物がいるとして、
 その人に、
 『私も、あなたがひとりになりたいときにはそれを尊重するのだから、
  あなたも、私がひとりになりたいときは尊重してよ』
 と言って、相手に『おたがいさま』に気づいてもらう…というか。

 “あなたが大変なときには私は手伝う。
 私が大変なときにはあなたにも手伝って欲しい”とすることや、
 そのような他者との関わりかたは、
 危険度の低いコミュニケーションと言えるでしょうか」

こんなご質問ははじめてです。 
こんなことについて考えてみたのも人生初! 興味深い!

考えてみたのははじめてだったけれど、瞬時に私は、
《暴力的な関係になりにくく危険度の低いコミュニケーションとは言えない》と思ったので、

   そういう意味でしたら、
   むしろ、各自の境界を侵害しあうことにつながりかねない、
   どちらかというと危険度の高いやりとりかなという気がしますf^_^;
 
   本当にお互いの境界を意識して尊重するやりとりは、
   『私がこうするのだからあなたもこうして』という駆け引きとは無縁ですから。


とお返事しました。

ご質問をくださったかたは、ああ、そうか、なるほど、というようなご表情に見えたので、
現場では、とりあえずここまでにして次に進みました。


ただ、心の中では、他にも思っていたことが。
ご質問をくださったかたが「ああ、そうか」とおっしゃっていたので、
くどくなるし時間もかさむので結局言うのは省いたそれを、
こちらに書きとめておきたいと思います。


  *  *  *  *


私が、おたがいさまに危険度の高さを感じ、
そこに駆け引きという要素を見たのは、

「そっちが大変なときはこっちはちゃんと手助けしてるんだから、
 こっちが大変なときに、手助けしてくれてもいいだろう?!」

こうした発言は、
《人が大変な様子を目にしたら手助けをする“べき”》
《助けてもらったら恩返しをする“べき”》
という、その人自身の硬直ぎみな価値観を背景にしている可能性が高いし、

その個人的かつ柔軟性に欠ける価値観を、
おたがいさまだろう?!という、
“相手の罪悪感を刺激しやすい道徳観”の象徴みたいな言い回しを盾にして、
押し付けてきている(心を操作しようとしている)可能性も感じるので、

私にとっては、ものすごく気持ちが悪くて不快な物言いだなと思ったから。


その不快さ・気持ちの悪さに、
境界尊重の気持ち良さを見出すのは、私には無理だ…。


けれども、
『おたがいさまでしょ』が暴力や支配の隠れ蓑だと考えているわけではありません。
要は、この言葉の使いかた/使われかたに自覚的になることが重要なのではないかな。


  *  *  *

例えば、私が旅行のときに重いスーツケースを持って移動しようとして、
駅の階段でひーひー言いながら一段ずつ進んでいたときに。

「持ちましょうか(^^)」と手助けを申し出て、
スッとスーツケースを持って運んでくれる人が彗星のごとく現れた、とイメージします。


…できれば、男性がいいなあ〜(←どうでもいい)。


もし私が人の好意や援助を受けることに慣れていなかったら、
『あんな重いものを赤の他人に運ばせてしまった…』と
却って罪悪感を覚えたり、素直に喜べなかったり…ということになる可能性も、
なきにしもあらずです(←現実の図太い私にはあり得ないけど、一応書いてみた)。


そうした状況で、運んでくださったその人が私のその罪悪感の可能性にも配慮をして、
「困ったときはおたがいさまですよ♪ お気をつけて」と言って立ち去って行ったら。


 +。:.゚(((*〃゚艸゚)).:。+゚!!(←なに想像してんだ


少なくとも、私は、ものすご〜く救われるだろうな。


そうした状況で使う『困ったときはおたがいさま』の発言ならば、
駆け引きとは無縁だなと思えます。


実際は、スーツケースを運んでくれたその人はただ私を助けてくれて、
私は一方的にお世話になった、ただそれだけの関係。(←なに、この残念な空気


引き換えにするものが何もないまま、
実際はただ助けてくれているのに、『おたがいさまですよ♪』と言う。
こういう文脈で、《相手のために》この言葉が使われるときにこそ、
この言葉や意味するところの真の価値が光るのだと思います。


「おたがいさま」。
それは
「私達は皆おたがいに、生かされているのですから、
 それでいいではありませんか(^-^)」ってことなんじゃないかな。


そう思えたときの『おたがいさま』や
そこで生じるコミュニケーションと関わりあいは、
暴力とは遠いところに位置するものになると思います(*^^*)


丸一日の学習会へのご参加、ありがとうございました。
そして、素敵な差し入れも♡ ありがとうございました。
お疲れさまでした(^^)/

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by selfdefence | 2014-02-19 22:07 | つれづれ
2014年 02月 17日

心的外傷後の成長(post traumatic growth)

大雪でのさまざまな状況が気がかりです。
私の実家も群馬県前橋市にあり、ネットでいろんな写真を見かけています。

本当にこういうときって祈る以外に何もできないのだな。
じゃあ、こういうときのために普段何をすべきなのだろう?

…。
けどやはり、普段は普段やるべきことをやっておくしかないよね。
普段、災害時や非常時用のことばかりやっても仕方ないんだもの。


ということで気持ちを切り替えたところで発見したTED動画♪


ゲーマーの女性が話しているもので、
タイトルは「ゲームで10年長生きしましょう」なのですが、

意外なことに、なんとこの動画は、
『心的外傷後の成長=PTG(Post Traumatic Growth)』に関連するお話でした☆

「心の傷とわたしらしさ」の講座でも扱っている『心的外傷後の成長』。
(ちなみに19日水曜日にやりますよ! 良かったら今からでも来てね)

心的外傷後ストレス障害の概念に照らし合わせるようにして見出されたものです。
心的外傷(トラウマ)がもたらすのはストレス障害だけではなく、
成長(Growth)と呼べるような、前向きで発展的な変容もあるのだ、と。


TED動画でこの話をする女性は、
「できれば心的外傷経験なくして、PTGが得られたらいいですよね?
 その方法があるのです」と語ります。

心的外傷体験なしで心的外傷後の成長とはどういう意味かというと。


女性は、脳挫傷を経験し、それがきっかけでPTSD症状や自殺念慮に襲われるようになりました。
なにをどうやっても死を囁く声が離れない。

そこで彼女はゲームを作ります。
ゲームをすると、少しだけ、その声と距離を取ることができるからです。
もちろん、脳挫傷がもたらす身体的症状が消えるわけではないのですが、
「死にたい。私など死ぬべきなのだ」という思いは、ゲームをすると、軽減されるのです。


トラウマをバネにして生きることができる人は、
トラウマ体験を経たことで、

・本当の自分がよくわかった
・家族や友人とより親密な時間を持てるようになった
・優先順位のつけかたが変わり、幸せの追求をためらわなくなった
・人生の意味や目的が見出せるようになった
・自分の夢や目標に専念することができるようになった

と語っており、
ゲーム心理学でも、ゲームがPTGを促す役割を果たすことが知られているそうです。


PTGはトラウマティックな体験からの4種の回復力と密接にかかわっていて、
それらは毎日少しずつのトレーニングによって鍛えることが出来るのです、と彼女は続けます。

4つの回復力をトレーニングすると心身の健康度がアップして、
寿命が10年延びると(タイトルはそこから来ています)。

トークは19分強あり、
最後のほうで、その4種の回復力の紹介と、
それを鍛えるトレーニングを実際に彼女が『ゲーム』として紹介します
(会場はかなり和やかな雰囲気になります ^^)。


4種の回復力は、聞いてしまえば「ああ、そうだろうな。なるほどね」という感じで、
へえ〜!とか、なーるほど!! というかんじは私にはなかったのですが、

面白いのは彼女が紹介する(ゲーム要素としての)その鍛え方☆

こちらは、へぇ〜♪ なーるほど☆  です。

それについては、文章で説明するのは野暮なので、
ぜひ時間を作ってご覧になってみてください。
*画面の右下のほうで Japaneseを選ぶと日本語字幕が表示できます。

「ゲームで10年長生きしましょう」

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by selfdefence | 2014-02-17 22:50
2014年 02月 12日

脳のマイナス好きを修正?!『ラビング・プレゼンス』体験ワークショップ 金沢

こんにちは。

今日はWen-Doではなくラビング・プレゼンスのワークショップのお知らせです。

ラビング・プレゼンスとは『自分で自分を満たす』術。
自分よりも周りや相手のことを優先してしまって、
それで疲れちゃう…みたいなことがありがちな人には
とってもお薦めしたい素敵な発想&スキルです。

私にとっては、講習の仕事での緊張感や疲れを激減してくれたツールでした。
なんていうか…「自分に自信を持とう♪」と唱えて講座をしていたあの頃がウソみたい。

一度だけの受講で「わかる」ようになるかどうかはわからないのですが
(再受講価格を設定しているのはそのためです)、
一度「あ、わかった…これかぁ〜♪」と実感できれば一生もののスキルです。
以降はラビプレを使わない日はきっとなくなりますよ。
そのくらい、『日々の私』に役立ちます。

以下、少人数での気軽な体験ワークショップをご案内します。

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 脳の《マイナス好き》を修正できる?!
ラビング・プレゼンス』体験ワークショップ(金沢)

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「本音での楽しい人づきあいが出来る自分になりたい」
「対人緊張さえなければなぁ」 
「どうしてネガティブな発想ばかりになっちゃうんだろう
「人と会うと、相手の話についていくのに精一杯でドッと疲れてしまうことがある」
「相手を不快にしたくないあまりに、本心と裏腹な言動をしがちな自分がイヤ」
「自分を開いて人と関わる…って、どういうこと?」  
「『より良い関わりができるような、本質的な何か』を探している」 


ラビング・プレゼンスとは、
《まずは自分を大切にすることからはじめよう》という対人姿勢のありかたで、
練習すれば誰でも身につけることのできるスキルです。

通勤のバスの中、雑踏での待ち合わせのとき、
ワールドカフェや異業種交流の場で…など。
ワークショップでやりかたを学べば練習はいつでもどこでも出来るようになります。

脳の《マイナス好き》なクセをなんとかしたいかた。
機嫌良く毎日を過ごしたいかた。
自分の気分は自分で安定させたい、とお考えのかた。
対人支援やカウンセリング技法について学びたいかた。

一緒に学びあえたら嬉しいです。お気軽にどうぞ。

………………………………………………………………

■日時:H26年3月30日(日)13:30-17:00
■場所:石川県金沢市内
■担当:福多唯
   (日本ラビングプレゼンス協会認定コミュニケーター)

■費用:4,000円(*再受講のかたは2,000円)
■お申込み
 kanazawalp★gmail.com まで(★は@に)
(*お返事は別のアドレスから差し上げます)

………………………………………………………………
☆ラビング・プレゼンスがよくわかる一冊が出版されました。
 予習に最適です。ぜひご一読ください。

「人間関係は  自分を大事にする。  からはじめよう
 高野雅司(日本ラビングプレゼンス協会 代表)著
 青春出版社 1470円 http://www.seishun.co.jp/book/14924/

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by selfdefence | 2014-02-12 00:16 | ☆☆講座案内☆☆
2014年 02月 10日

言葉がけに迷う

こんにちは。

以前に、ある講習会でのロールプレイで、
「混乱状態にあって不安を訴える人に対応する」というものがありました。
そのときに、ある人が

  『大丈夫ですよ』とお返事して対応していたんですけど、
  他に言葉が見つからなくて、とても困りました。
  ああいうときにはどう対応したらいいのでしょう?

と質問をくださったことがあります。

言葉がけに迷うことってありますよね。
語彙を増やしたいとは思っても、突然増えることはないし、
その努力を続けながらも何かできる方法があると心強いものです。

Wen-Doでも、講座で質問をいただくことは多いので、
講師トレーニングなどではそのあたりが必ず話題に昇ります。
私達がコツとして頭に置いているのは、ほんのちょっとしたことです。
訓練の練習としては以下の1、2の順です。

 *  *  *  *  *


1)相手のご発言の、「事実」または「気持ち」をそのまま伝え返す

例えば、混乱気味で誰かの名前…
たとえば

A. 「ハナ子、ハナ子」と繰り返す人がいるとします。

そんなとき、『ハナ子って誰なのかな』『確認しなきゃ』という気持ちが
こちらに沸いてくることもあると思いますが、
『ハナ子って誰ですか?』って直裁に聞くのはちょっと… ^_^; みたいな。

そんな感じで言葉につまったら。
「どなたかのお名前なんですね」。
事実をそのまま言う形の応答が使えます。
質問口調にもならないため、言う方も言いやすいですし、言われる方にも負担が少なくなります。

類型の方法は、以下のようなときにも使えます。

B.「4月よ。4月でないとダメなのに、全然わかってもらえない!」
  →『4月でないとダメなのですね』

4月でないとダメだと感じているご本人にとってのその時点での事実
ご本人の使った言葉を借りて応答に使います


気持ちを返す方法もあります。

A. 「ハナ子、ハナ子」と繰り返す人に。
  →「ハナ子さんが気がかりなのかなあ」

気がかりなのですね、としてもいいと思います。
(気になる、などの表現も有りです)
ただ、その断定口調が躊躇されるという人には
上記のように「なのかなあ」のほうが使いやすいのかなあ(笑)


表情から、心配している/怒っている/悲しんでいる などが明らかであれば、
「ハナ子さんがご心配なのかなあ(ご心配なのですね)」
「ハナ子さんに何か伝えたいのかなあ」
「ハナ子さんのことでお気持ちが沈んでいるのでしょうか…」などの言い方も出来ます。


B.「4月よ。4月でないとダメなのに、全然わかってもらえない!」
     →ア「わかって欲しいんですね」
  または イ「ダメなのに、と思ってらっしゃるんですね。4月でないと?」
  または ウ「4月がなにか大事な時期なのですね」

4月でないとなぜダメなのかをこちらが把握する必要がなければ
アのように、気持ち部分だけを返す方法でもいいかなと思います。
ご本人は一番話したいことをその後もお話になることでしょう。

4月でないと…という理由をこちらが把握したいときには、
イのように「ダメなのに…と思ってらっしゃるんですね。4月でないと?」と
先にご紹介した語順を倒置する方法も使えます。
気持ちを受け止めながらも、4月を後にすることで、さりげなく質問しています。

とりあえずご本人の語りの全体像を掴んでいこう、というときには、
ウのように「4月がなにか大事な時期なのですね」と、
4月にこだわる理由にさりげなく探りを入れながら、
質問にならない形で応答することも出来ます。


2)意味をそのままに伝えつつ、短い言葉にする

1の発想ややりとりに慣れてきたら、
こちらの言葉をなるべく短くしていくのもいいかもしれません。

A. 「ハナ子、ハナ子」と繰り返す人に
 →(第一段階)「どなたかのお名前なんですね」。
   →(第2段階)「(それは、)どなたかの…?」または「そのお名前は…?」
          または「ハナ子さん…?」

口頭で対面しているのやりとりでは、
語調やトーンや表情、応答の間、ボディランゲージなどを駆使することによって
実際の言葉数は減らすことができます。


B.「4月よ。4月でないとダメなのに、全然わかってもらえない!」
     →ア「わかってもらえない…」
  または イ「ダメなのに。4月でないと?」
  または ウ「4月…?」

みたいな感じです。

Bについては、ご本人がある程度筋道だった話し方を出来るなら、

B.「4月よ。4月でないとダメなのに、全然わかってもらえない!」
  →「っていうのは?」
   (と言うと?  とおっしゃいますと? …とは?)なども有りです。

*混乱が深いかたは、こちらの問いに答えるよりも
 まず言葉を発して混乱を落ち着ける作業が優先なので、
 この方法は上手くいかないかもしれません。


 *  *  *  *  *

相手の使った言葉をそのまま使わせていただく、
事実を伝え返す
気持ちを伝え返す

上記の3つだけで、かなり会話は持ちますし、相手は話したいことを話やすくなります。

ただ、質疑応答などで時間が限られていて、
なるべく短時間に相手の本意を掴み、
それについて応答しないといけない場面では、
「っていうのは?」などといってのんびりとやりとりしているわけにもいかないので、
そこにはまた異なる工夫が要るのですけど、

困っている人の対応や傾聴という意味では、
それなりに使えることもあるかもしれないし、
「大丈夫ですよ」以外の言葉がけにも通じます♪








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by selfdefence | 2014-02-10 13:38 | つれづれ
2014年 02月 06日

愛情過多は暴力?

昨日は「こころの傷と私らしさ」の学習会でした。

全2日間のこの学習会。
初日午前中のテーマは「暴力とは?」です。

《暴力の構造》を考える時間で、
他者への指示、要求、接触…などが暴力として『作用』するのはどういうことかを
考えて整理していたときのこと。
あるかたがご質問をくださいました。
「愛情過多も虐待になりうる…って子育ての講演とかで聞いたことがあって、
 ああそうだなと思うんですが、理論的には整理できていないんです。
 それについてはどう考えたらいいのでしょうか」と。

とってもステキな質問をありがとう!
おかげで、そこに絡めながら説明させていただける流れができ、
他の参加者さんも『うんうん!』みたいな感じでした。

暴力的(侵入的)な行為をする人は、
自分がした行為で誰かが傷ついたとしても、
それを認めずに、以下のような主張をすることがあります。

「(役割として必要だった)単なる《指示》を出しただけ」
「《冗談》なのに」
「相手の《ためを思って》したことなんだけど…」
「《親切》のつもりでしてやったのに」「《愛情》があるからこそなのに」

親子関係でもありがちですよね。

ご質問をくださったかたは、
自覚なしで子どもや周囲の人を傷つけることになるのは避けたいとのお気持ちから、
質問をくださったのでした。

学習会の場ではホワイトボードを使って図を書きながら、
《善意》や《愛情》のつもりで行われることが暴力として機能してしまう理由を説明し、皆さんそれで「なるほど!」となってくださったので話をそこまでにしたのですけど、

そのときに私の頭には、思い出されていたとある出来事がありました。
学習会では進行の関係で省いたそのエピソードをご紹介します。

……………………………………………………………………………………

思い出されていたのは、かなり以前の、ある人との会話の場面です。
私は子育て支援系の活動の場で、
虐待や過保護や過干渉について育児中のお母さんたちと話をしていました。
私も、いわゆる子育て中のお母さん の時期でした。

そのとき、ある人が、
「自分が何を辛く思っていたのかの、本当のところに、
 今はじめて気づいた…」と、しばらく泣いたことがあったのです。

しかも私が相づちを打ったのがきっかけで泣きだしてしまったので、
私の不用意な発言のせい?!と内心私は超オロオロに ^_^;

泣き止んだ後にその人はとてもさっぱりした顔で、
「そういうことだったんだとわかって、すんごいスッキリした♪」と。
経緯はこうです。

  *  *  *

彼女の親御さんは、夫婦そろって健康的な食事にこだわりがあり、
彼女が幼かったころからずっと、健康的な食べ物しか出すことがなかったそうです。
それは美味しく、彼女は普段はその食生活に不満や寂しさを感じてはいなかったそうですが、
学校での遠足のときはきつかった、という話でした。
親御さんが持たせてくれるお菓子がすべて手作りで、市販のものではないので、
彼女は友達とおやつ交換が出来なかったそうなのです。

ああ〜、それは子どもにとっては一大事だよね、みたいな感じで
皆で彼女の話を聞いていたら、彼女は話を続けました。

『しかも、家に帰ると親が聞くんですよ、私に。
 「今日のおやつ、美味しかったかな?(*^^*)」って』

そのときに、私は、
《うわぁ、それはきついね》とかなんとか言いました。
さほど細かいことを考えて相づちを打ったわけではなかったので
正確に何て言ったのかは覚えていません ^_^; 
私としては無難であろうはずの、とりあえず的なひとことでした。

すると、彼女はハッとして、しばらく言葉が出なくなり
目に涙をためはじめて…泣き出しちゃった!!


  *   *   *   *

泣き止んでから彼女がしてくれた説明はこんなものでした。

彼女は、遠足のときにおやつ交換が出来なかったことが自分の傷つきの理由だったと
ずっと思ってやってきたのだそうです。

でも同時に、『どうしてその程度のことを大人になってまで引きずっているのだろう?』とも感じていました。
その程度のことは誰にでもある、と。

そして、私達とその話をしていたときにも、彼女は途中までは、
おやつ交換が出来なかったということを話すつもりだったし、
実際その話をしたわけだけれど、

『しかも、家に帰ると親が聞くんですよ、私に。
 「今日のおやつ、美味しかったかな?(*^^*)」って』

と私達に語り、
それに対して受容的な相づちをもらったときに、

《そういうことか…!》となったのだそうです。

  *  *

彼女のご両親の作るものはお弁当もおやつもとても美味でした。
ですから、
『「美味しかった?」ときかれて、美味しくないとはまさか言えない』というような、
わかりやすい葛藤が当時の彼女にあったわけではありません。

美味しかった?と聞かれたとき、
彼女は「うん、美味しかった(^^)」と毎回答え、
それは彼女にとって偽りでもその場しのぎでもなく、真実でした。

でも、彼女はそのやりとりの積み重ねでこそ、深く自分が傷ついていたのだ、ということに
気づいてしまったというのですね。

《私が親からほんとうに聞いてもらいたいことは、そんなことではなかったのだ。
 そして、私は、一番きいてもらいたいことを聞いてもらえたことが一度もない…》

ということが見えてしまった。

  *  *  


彼女が親からほんとうに聞いてもらいたかったことは、

《遠足のときのおやつは何がいい?》でした。

  
  *  *  


彼女の親御さんは聡明で、
親御さんが彼女に与えてくれるものは全て良質で、間違いがなく、
不満など抱きようがないものばかりでした。

不満を感じようがない環境で愛情たっぷりに育ててもらい、
なのになぜ、自分は大人になってまで、
なんとなくモヤモヤするものを抱え続けているのだろう、
しかも、『友達とおやつ交換ができなかった』などという小さなことに
なぜ自分はこだわり続けているのだろう…、
彼女はずっとご自身についてそう思ってきたのです。

でも、自分が自分をそのように責めてしまった理由も、
ずっとどことなくもやもやしていた理由も、
遠足時のおやつのことが未だに未解消に思われる理由も、
すべてを含めて、
ああ、そういうことだったんだ!!とわかったのだ、と。


………………………………………………………………………………

あなたはどう思う?
あなたは何を選びたい?
あなたはどんなものが好き?
あなたは今どう感じている?
あなたはどう考える?


これらのひとことは、想像よりもずっと重みと威力があります。

人の境界を侵害せずにコミュニケーションをはかる上でも重要ですし、
愛情や善意で人を知らないうちに抑圧しちゃってました…という事態を防ぐのにも役立ちますし、

さらに、私が気に入っている視点は、

思いがけずかけがえのないギフトになり得る☆ ということ。


人は一般的には、面倒くさいことは避けたい傾向を持つので、
機会が与えられなければ、そして、自身が興味を持てる事柄でなければ、
上記のようなことを自発的に考えたり言語化したりすることはないように思います。


世の中で起きるあらゆる出来事や、身の回りの人のあらゆる言動や、
自分自身の全てについて、いちいち上記のように考えて立ち止まっていたら、
日常は回せなくなってしまう。


だからこそ、誰かから「聞いてもらえて、その答え出すのを待ってもらえる」機会がギフトになるのですよね。
そうした機会を与えあえるような関係性を私は多くの人と築きたいなと思います。


『無自覚に人を傷つけていました』という事態を防ぐために…との動機ではじめたことが、
人にとっても自分にとってもギフトになる♪って思うと、
ちょっと良くないですか(*^^*)?(←出た! 善意やポジティブさの押しつけ!w)


学習会は2月19日の2日目へと続きます。
みなさま、またよろしくお願いします。

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by selfdefence | 2014-02-06 12:43 | つれづれ
2014年 02月 04日

習ったことを使って上手くいきました♪ のおたより

こんにちは。
女性のためのセルフディフェンスWen-Doの福多唯です。

今日は、嬉しいご報告をいただきました。

私はセルフディフェンスの口頭対応スキルのひとつとして、
アサーションでも使われる『壊れたレコード』を講座でお伝えすることがあります。

以前それを一緒に学んだ女性が、
「出来ました! やったら効きました!」とご連絡をくださいました。


 *  *  *  *  *

その女性が「壊れたレコード」を使ったのは職場です。

その職場から地域に出される小冊子がありました。
地域貢献活動として出されているもので、
内容の提案やほとんどの作成は広告代理店がしてくれるのですが、
最終的には彼女の勤めるその会社がちゃんと校正をし、
文章等にもOKを出す必要があります。

彼女の仕事は、部長より先に校正をすることです。
そして修正の必要な箇所があればそこに印をしてから部長に渡します。
修正は、たんなる誤字脱字のこともあれば、
文章全体を書き直すほうがいいのでは…というものもあるし、
読みにくそうな漢字にルビ(読みがな)をふる指定などをするのも彼女たちのチェック項目のひとつです。

いつものように彼女が校正をしていたときのこと。
あきらかに、小学生や、小学生と親御さんが一緒に見ることになるであろうコーナーで、
まったくルビがふられていないことに彼女は気づきました。


そこで部長に
「このコーナーにルビがないので、ルビの指定をするほうがいいと思うんです」と進言しました。
彼女としては、君に任せるよと部長が言うなら、その作業を引き受けるこころづもりもありました。

ところが部長の答えは
「あ〜…。まあ、いいだろう、ルビがなくても」。

『え? ひとつもルビをつけないままにしていいんですか?』

「いいよいいよ。多分読めるし」

『でも、いつもはルビをふっているコーナーなので、
 今回からいきなりルビがなくなるっていうのも…ちょっと…』。

実はその部長は新しく就任したばかり。
校正作業等に実際に関わるのもはじめてだったのでした。

「でも…まあ、そこまで考えなくてもいいだろう?!」

『本当にそれでよろしいんですか?』

「ああ、いいよ。誤字脱字だけ直しといて」

『誤字脱字だけで本当によろしいんですか?』

「大丈夫大丈夫」

『…。本当に、ルビについてはよろしいんですね?』

「ああ。問題ないよ。ごくろうさま」


彼女は、腑に落ちないものがありながらも、
部長が不要という作業を厚かましく行うこともできず、
また、責任を取るのは私じゃないし…との気持ちも少しあって、そのままデスクに戻ったそうです。

そして、誤字脱字のチェックをし、
それをエクセルで一覧にして、代理店に提出する書類をまとめかけたころ。
さきほどの部長とのやりとりから20分ほど経過していたでしょうか。


部長が彼女のもとにやってきて、こう言ったそうです。

「やっぱり、ルビ、あったほうがいいと思う?」

『はい、あるほうがいいと思います。
 不要となさるなら社の皆の賛同を得られる理由が必要ですし、
 理由があるとしても、それなりの会議や検討を経てからのほうが良いかと。
 突然今回からなくなるっていうのは…。』

「そうか…。そんなに大事なものなのかなあ。
 オレは正直よくわからないけど、まあ、そこまで君が言うのなら。」


  *  *  *  *  *


ほぼ同じセリフで3回念を押したことで、
部長の中に「それでよろしいんですね?」が強く残ったのかもしれませんね♪

あと、『どうなっても知りませんよ!』みたいな、他人事にできてしまう言葉ではなくて、
「本当にそれでいいのか?」と部長ご自身が反芻しやすい言葉をかけたことも良かったのだろうなと思います。


Iさん、ご報告をくださってありがとうございました!
学んだことを早速使ってみてくださったことも嬉しいし、
それが効果があったことも嬉しいし、
Iさんが「知らせたい!」というお気持ちになったことも、ぜんぶ嬉しーーです *\(^o^)/*


また何かあったらお知らせをお待ちしてます(^^)
 
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「心の傷と私らしさ」の学習会@金沢市
・2014年2月5日(水)&19日(水)
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by selfdefence | 2014-02-04 18:13 | サクセス・ストーリー!