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2012年 09月 27日

Wen-Do トロント日本語講座!!

こんにちは。Wen-Doインストラクターの福多唯です。
いつもありがとうございます。


2004年からずーっと実現を願っていた、
トロントでのWen-Do日本語講座。


3度目の渡加にして、遂に実現の一歩手前となりました♪ 嬉しい!!

2004年のときには準備期間が短すぎて実現できず。
2011年は日本にいながらの会場確保が困難でやはり実現できず。

2012年の今回は以前の経験を生かし、早い時期から準備しまして、会場確保も出来ました。


40周年だもの、私も何か、トロントの方々にお役に立てることを、
でも、結果がどうなるかはやる前にはわからないことなので、
だからせめてモチベーションとして、私だからチャレンジできる!ってことを、したかった。


現地にお住まいの日本人女性の援助の力も大きいです☆
あとは参加者さんを集めるだけ(4人以上で開催可能)。

皆様ご自身や、皆様のお知り合い女性に、カナダ(トロントや近郊)の方がいらっしゃいましたら、
ぜひこの講座のことをご紹介ください。


 * * * * * 

Wen-Doは今年で40周年を迎える、トロント発祥のプログラム。
40周年という記念すべき節目に、
トロントにて日本語ワークショップが開催される運びとなりました。


女性同士で学ぶ、女性専用のセルフディフェンスWen-Doは
心とからだの力に気づいていく、パワフルで美しいプログラム☆
カナダでの日本語での開催はとても貴重です。
お見逃しなくご参加いただけますように!


◆◆◆ 女性のためのセルフディフェンス   ◆◆◆
◆◆◆ Wen-Do 40周年記念ワークショップ ◆◆◆
◆◆◆ 『私の力で私をまもる』日本語講座☆ ◆◆◆


■日時:2012年11月3日(土)
   12:30開場 13:00〜16:00 
   (その後17:30頃まで任意参加の交流会有り)

■場所:Newcomer women's services Toronto
   (www.newcomerwomen.org/
    745 Danforth Avenue,Suite 401 Toronto)
   Bloor-Danforth線 Pape駅から西に1ブロック
   Shopper's Drug Mart隣り

■参加費:20ドル(当日現金にて集金いたします)
    *交流会は参加費無料

■対象者:10歳以上の女性で日本語のわかるかた

■講師:福多唯(Wen-Doインストラクター)


■お問合せ・お申込み■ 
Women’s Self Defence Wen-Do 日本語WS係
toronto1103@gmail.com 

  ①お名前、②Email、③Wen-Do経験の有無をお知らせください
  返信メールは日本語で届きます。
  文字化け等がありましたら送り直しますのでお知らせください。


●講座当日は…
・動きやすい服装でご来場ください。
・のどを潤すための飲料水をお持ちください。
・メモをとりたいかたは筆記具をどうぞ。


★参考情報★
チラシのダウンロード
http://bit.ly/RjHe2u


Wen-Doの公式サイト(カナダ本部の英語サイト)
http://www.wendo.ca


担当インストラクターのブログ(日本語) *今ご覧くださっているコレです。
http://wendosd.exblog.jp

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by selfdefence | 2012-09-27 18:10 | ☆☆講座案内☆☆
2012年 09月 25日

ジェンダー絡みの事件の「裁判」の困難さ

こんにちは。Wen-Doインストラクター福多です。

考えさせられる報道を目にしました。


強姦致傷の事件が裁判員制度での裁判にかけられ、
たまたまその事件で裁判員となった方々は全員女性で、
そして、執行猶予つきの判決を出した、というものです。


判決では、被害女性のケガが軽度であることや、被害女性が加害者(容疑者)の誘いに応じてカラオケの個室に入った経緯があることなどから、「(犯行は)悪質とは言えない」とされています。


裁判員の方々は、裁判のために多くの時間を割いて、真剣に討議して判決を出されたのだと思います。
裁判員の方々を批判したくてこのことをここに書くわけではないので、
ニュースソースの引用は意図的に控えました。


ただ、この判決を見たときに
被害女性のケガが軽度だ、とか、誘いに応じて個室に入った、とかが
『強姦』事件での考慮材料に入れられてしまうのだということをズシンと感じたし、


女性が裁判員であってもそのように考えるのだな…、というあたりに、
Wen-Doや暴力防止の活動に携わる私達が向き合う壁の高さを感じ、
ぎゃくに、やらねば!な気持ちにもなりました。


というようなことを某所でつぶやいたら、
ある方が「裁判員は加害者を理解しようとしたのかもしれないですね」というようなことを
おっしゃってくださって。


確かに。そうかもしれない。
「この男性には、さほどの悪気はなかったのだろう」
「状況からして、きっと女性がOKしていると思ってしまったのだろう」と、
加害者の心情を『理解』しようとしての判決だったのかもしれません。


犯罪や加害行為を行う人の心情の『理解』や援助的な関わりが大切だということについては
私も100%賛同していて、厳罰だけが全てではないと思っています。


けれども、例えば、「健常者-障害者」とか、「男性-女性」など、
無意識に定着してしまっている『偏り』が深く絡む問題については、
裁判に《市民感覚》を取り入れようとする前に、
その『偏り』の是正が必要、と思います。


ジェンダーがからむ事件については、やはりジェンダーの偏りに気づいていて
そこを是正しようという意識のある人複数で考える方式でないと、
全体の公平なバランスを鑑みての判決を出すのは現状ではかなり難しいのかもしれないな…と、
色々考えさせられました。


  *  *  *  *  *



裁判での判決に限らず、この手の言い分は頻繁に耳にしますよね。
「ついてきたからOKだと思った」とか
「酒を奨めたら飲んだから…」とか
「さほど抵抗しなかったじゃん」とか。


《誘ったら気軽にカラオケに応じてきたから、OKなのかと思った》って、

「ねえ、今財布持ってる? ちょっと見せてくれない?」
と人に言って、相手が財布を渡してくれたら、
それはもう、そこからお金を抜いてもらっちゃってもOKってことでしょ♪

くらいかそれ以上の、解釈の飛躍があると私は思うけど、


性暴力に関しては、このおかしな飛躍がなぜか『理解』されちゃう傾向が根強い気がします。


っていうかさ!

別に性行為をことさら神聖なものとして見るわけではないけど、
性行為って、快楽と共にリスクも伴うので、
「気持ちでの合意」と「身体での合意」と「信頼関係」の上でこそ安心して楽しめることだと思うのですよ。

「合意」や「信頼関係」というものが(私にとっては)必要不可欠な行為を、
「状況」だけで短絡的かつ一方的に推察するっていうやり方が、
なんか単純に気持ち悪いし、変だと思うんだけどなー。



どうして「状況」だけで判断OKって思えちゃう人がいるんだろう…??


「合意」さえあればOKじゃん、大人同士なんだから、と考える人が、
「状況証拠」だけで一方的に推察してガンガン行こうとするのかな??


うーん、でもやっぱり、「信頼関係」にもこだわりたいよ。


だって、相手が、パートナーだとしても、
性行為で傷つくことって実際にあると思うもの。
『私をひとりの人間として大切に思っての扱いじゃないよな、今日のこれは…』
と直感しちゃうときの、
あの蔑まされた感とか、不快感とか、悲しさは、
私が感じるのも、(私のすることで)相手に感じさせちゃうのも、
両方とも、なるべく回避したい。


けどそれは起こりうる。双方の気分や体調やいろんな要因で。


だからいざというときに
「それはちょっと! やめて!!」って言える信頼関係は、
合意に劣らず大事な要素だと思うし、
そういう意味では、性行為って、誰とでも超お気軽に楽しめるもの、ではないんだけどな。


ここは個人的な価値観にすぎないとこになっちゃうのかしら。ううむ。


第三者からの暴力もあるけど、
女性への暴力は身近な人間関係の中で行われることが多くて、
私達が悩むのも、そこが一番多いので、
性暴力について考え始めると、このあたりがやっぱり特に気になります。
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by selfdefence | 2012-09-25 12:44 | つれづれ
2012年 09月 19日

参加者さんがアイメッセージで語るとき

こんにちは。Wen-Doインストラクターの福多唯です。


H24年9月15日、16日に、群馬県前橋市にて、Wen-DoのT-Basic2日間講座を行ってきました♪


この講座が実現できたのは、
現地の会場に足を運んで会場予約をしてくださった、
(特)ひこばえ さんのおかげです。ありがとうございました。

ひこばえは、群馬県前橋市
を拠点に活動する、『女性と子どもの支援センター』。
詳しくはサイトをどうぞ。



この2日間講座の参加者さんは皆Wen-Doのリピーターさんで(これってはじめてです)
加えて、参加の全員が何らかの形で女性支援の専門職者としてご活躍なので、
短時間講座でも語るWen-Doの概要や、女性への暴力の基本的な部分はさらっと押さえるのみに。


女性への暴力について日頃感じることを話し合ったり、
個別の課題や不安の解消の手だてを探ったり見つけたりするなど、
通常の2日間講座で扱う内容をさらに奥まで進める形を積極的にとってみました。


そのように全体を構成してみて改めてわかったのは、
護身術としての動作や技の重要度よりも、
声の大きさやトーン、表情や佇まいなどのほうが、
具体的な課題についてはより重要な役割を果たすということでした。


そのため、口頭対応の練習には通常の3倍近い時間を割くことになったと思います。

結果的には、机上の空論で終らずに、
それぞれの方の気がかりの解消の小さな手だてにつながるものがあった講座になったのかなと感じています。


ディスカッションの時間にも、
「私の場合は…」「私って◯◯なんだなって気づいたんですけど…」などの発言がしばしばあり、
ああ、皆さん、自分自身とWen-Doとをしっかりつなげながら
それぞれに『私にとってWen-Doとは』なるものを学んでくださっているのだなぁと感じました。


アイメッセージって、
コミュニケーションや自己表現の講座で必ずと言っていいほど出てくる言葉ですよね。
でも、「主語をあなたではなく私にして話す話し方です」と習うだけでは、
実際にアイメッセージをしっかり自分のものにして話すのは、かなり難しいような気がします。


アイメッセージは、語ろうとする事柄と私とが、
1)私の中でしっかりつながっており、
2)そしてそのつながりがどんなものであるのかということを私が自覚出来て、
3)それを表現するためのぴったりの言い回しを見つけることが出来たとき
でないと、
本当の意味では作れない・使えないような気がするのです。



参加者さんがアイメッセージで語るとき、
アイメッセージで感想を書いてくださったときにはじめて、
ああ、私のした仕事は、何か参加者さんにお役に立てる部分があったのかもしれないな、
そういう質の仕事をさせていただけて良かったな、と思えます。


みなさま、お疲れ様でした☆ ありがとうございました。
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by selfdefence | 2012-09-19 16:46 | 講座の御礼
2012年 09月 12日

Wen-Do 40周年の集い 金沢にてH24年11月に開催

こんにちは。Wen-Doインストラクターの福多唯です。

昨日は雨で肌寒く湿気の多い一日だったのですが、
今日は乾燥を実感するほどの秋晴れです。
ホントに、どうしてこうも違うのかしら〜。秋ですね。


さて、カナダで生まれたWen-Doは、今年で40周年を迎えます♪
カナダでは関係者での記念パーティーがあるとのこと。
その情報をめざとくキャッチした私。もちろん行きますとも!!


日本でも、ささやかながら、11月に40周年の集いを開催します。
当日予定している内容や日時等は詳細ページをご覧ください。
お申込みも詳細ページからどうぞ。
*お返事は、福多からではなく、40周年の集い事務局担当者から届きます(^-^)

Wen-Do 40周年の集い 詳細ページ
http://kokucheese.com/event/index/52684/

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by selfdefence | 2012-09-12 15:22 | WEN-DOを受けたい
2012年 09月 07日

中高生女子の短いスカート

こんにちは。Wen-Doインストラクターの福多唯です。


「電車で化粧」を書いたからなのか、
〔ふくださんは、男嫌いなんですか?〕というご質問をいただきました。


なぜそうなるのー ゝ(-_- )

きっと私を良く知る人がその質問を読んだら、
『唯さんが男嫌い? 最高の冗談やわ、それ』と爆笑すると思います…。


男嫌いではありません、とここで書かなきゃ気がすまないくらいに、
男嫌いではありません(笑)。断じて! 


そんなことを書くために今日ブログにログインしたんじゃないんだけど…(^^;;



今日は、以前の講座での出来事について書きたいと思います。


その日のWen-Doの講座では、成人女性だけが集まっていました(学生さんがいなかった)。
そこで、ある女性から質問があがりました。


 「暴力は振るう方が責任をとるべきこと、という部分や、
  どんな理由があっても暴力はダメ、っていうことはわかるんですけど。

  でも、女子中高生のスカート丈って、今、もんのすごーく短いじゃないですか。
  スカートに限らず、露出度の高い服装とかもありますよね。

  なのに階段では自分でスカートの後ろを押さえている子もいたりして。

  なんか、あれって…なんて言っていいかわからないんですけど…
  
  あの子たちは、どういうつもりで、あんなスカート丈にするんでしょう?
  ああいうことをしちゃうから危険なんじゃん、って思うんですけど、
  本心では『見られたい/見せたい』って思ってるんでしょうか?」



そのかたは、講座の時間中、とても率直な天真爛漫な様子でいらした方でした。
だから悪気(って何だ? 笑)がないのは、会場の皆も受け止めていたと思うけど、
さすがにこの問いかけは、場の女性たちを刺激したらしく、
(怒らせたわけではありません。
 『刺激した』=意見したいという気持ちを引き出した という意味で書いてます)


場が、なんていうか、ちょっと、かすかに、ざわざわ…みたいな(笑)。

そして、私が答えようとするより早く、口火を切った方が数人いらっしゃいました。


「いや、でもね、だからといって、そんな女は自業自得だ!って話ではないんですよ」

「というか、あれはファッションなの、ファッション」

「だよね。見せたいとかじゃなくて、あれが最新で可愛いと思うからやってるだけで」

「私達が若かった頃も、以上に長い、地面スレスレのスカート丈の時期とかありましたよね」

「そうそう。服装って、そのときどきの流行もあってのことだから、
 こういう服装をしていた!というだけで女性の落ち度みたいに言われたり、
 被害にあった女性を非難するのはおかしい、って、常々思います」


などなど。

質問をした人は
 ああ、そうか。ファッションねぇ。なるほどー。
など、
各発言を受け止めて、ご自身の抱いた疑問とすり合わせ作業をしていらっしゃるように見えました。


でも、質問者が聴きたかったことと、もしかしたら視点が少しズレていないかな。
ひとつひとつのコメントはそれぞれ意義もあるし、主張内容もわかるけれど、
でもなんか、ええと…って感じになっていらっしゃらないかな。


そんな気がしたので、
参加女性たちのコメントが落ち着いてから、確認のために、私から質問者に尋ねました。


    今、いろいろ皆さんのご意見が活発に出てきて、
    きっと参考になる部分もあったのだろうなーと思うんですけど、
    どうでしょう、最初のご質問の核の部分は、
    『あの子たちは、見せたくてやってるのか?』って辺りだったのかなと思うのですが?
    それについては、何か整理はつきましたか?




「そうなんです。不思議なんですよね。
 好きでそういう服装をするんだとしたら、その割には、階段を昇るときに後ろから来る男性の目線を
 すごく気にしたりもするわけですよね。

 見られるのが嫌ならもっと長い丈にすればいいし、
 見られたいなら隠すなよ(笑)っていうか(笑)。

 短い丈にしておきながら、見られないようにする、あれってどういう気持ちなのかなーと。

 やっぱり、若い子たちに、悲しい被害にあって欲しくないので」




本当に、中高生自身が『どういう気持ち』なのかは、誰にも永遠にわからないこと。
女子中高生とひとくくりにしてみても、各自がそれぞれ異なります。


だから、「こういう気持ちだと思いますよ」ってお返事は意味がないなと思いつつ、
このあたりのことは、女性が男性から性的暴力の対象にされがちな現状の中で、
女性が女性の味方でいるために、すごく大事な部分だと思ったので、
下記のように意見表明をしました。


 
   そうした疑問を抱いてらっしゃると聴いて、私の中に真っ先に浮かんできた思いは、

  「女の子が、自分には性的魅力がある!と感じたいと願うことや
   性的にPRしたいとの気持ちを持つことって、果たしてそもそも、ダメなことだろうか?」

  っていうものです。ダメじゃないと思うんです、私は。
  ダメじゃないはずなのに、そこはなぜか『そう思っちゃいけない』ことになってるんじゃないか。


  けど、かと思えば一方では、女性はグラビアで性的に見られる対象になることも多かったりして。
  「私って、性的に、女として、どうなの?」と揺るがされる場面って、あちこちにあります。
  「ブスは黙ってろ」みたいな扱いを受けたり、見聞きしたりすることもありますし。


  そして、中高生がなぜスカートを短くするのかと言えば、
  さきほどファッションという意見がありましたけど、
  雑誌でも、そういう服装が今主流だとしてバンバン掲載されていて、
  服を買いに行けば流行りの服が流通しているしで、
  彼女たちは、そういった情報や品物を『受け取りやすい』状態に置かれています。


  情報や商品を中高生女子に発信し流通させてるのは『誰』なのか、ってことです。


  もしかしたら、最初の発端は、中高生女子の間で「これかわいいね」など、
  流行の芽は当事者の中から生まれるのかもしれないけど、

  そういう芽をキャッチして、ビジネスに利用しようとするのは、中高生ではありません。


  女性は、性的な欲望を持ってはいけない、あらわにしてはいけないとされる一方で、
  「性的な魅力をふりまく存在であれ」という矛盾したメッセージが私達を取り囲んでいて、


  二重の、真逆方向からの秩序や基準の抑圧が女性にはかかってます。
  もちろん女性だけじゃなく男性にもなんですけど、今日はそこは省きますね。
  

  さらに、中高生に対しては、「子どものくせに」みたいな、
  性とは異なる基準での抑圧も同時に向けられています。
  例えば、成人女性がヒールを履いたり化粧したりは非難されませんが、
  中高生だと非難されがちだったりとか。
  中高生が、性的アピール度の高い服装をするのってどうなの?みたいな。

  ただ、ここではとりあえず、現象の背景をわかりやすくするために、
  年齢的な要素はちょっと脇において、

  世の中には、そういう、二重の矛盾するメッセージが同時に向けられることがある、ということや
  女性の性については特にそれが絡みやすいってことに重点を置いて着目すると


  女子中高生が、短い丈のスカートをはきながらも、後ろを手でおさえて気にかける、
  あるいは『気にかけている風を演じなければならない』気持ちになるのも、
  そのあたりが背景なのかなという気がしてきます。推測なんですけどね。


  おしゃれに関心がなく、全く色気を表現せず…っていう女でいると、
  私達は「もうちょっとなんとかしたら? それ、ダサすぎない?」と言われます。
  『ブス』『いけてない』という烙印を押され、嘲笑されて、下級扱いされる。


  かと思えば、メディアのあらゆる情報には、ダイエットだとか豊胸だとか(笑)
  女性の性的な特徴を、いかに魅力発信のツールとして使うか、ってものが溢れてる。

  
  なのに、性的な魅力をPRした女性が、いざ、何らかの事件に巻き込まれたりすると、
  「やっぱりねぇ〜」みたいな、非難目線が注がれる。
  ちゃんと抵抗しなかったんじゃないか?とか、合意があったんじゃないか? とまで言われたり。


  どっちに転んでも、女性が叩かれる構造があります。


  短い丈のスカートをはきながらも、階段で後ろを気にする女の子達のその様子って、
  まさしく、
  私達女性が、「一体どういう服装で、どうしろっちゅーねん?!」と
  混乱する現状に置かれていることの象徴としての振る舞いのように感じました。


  このあたりのことって、
  ご質問くださった方が最初に「上手く言えない」「不思議だ」と言っていたように、
  漠然とした違和感として立ち現れてくる部分かなと思うんですけど、
  

  それを口にする人がいてくださると、
  なんでそんな不思議なことを女はせざるを得ないんだろう?と考える機会につながると思います。
  今日も、率直な疑問を口にしていただけて、私自身がこのことを考える機会をいただけました。
  ありがとうございます。



ご質問をくださった方は、講座が終ってから、
「いろんな抑圧が、女性にも男性にもあるってことですよね〜。
 単純に、あれのせいだ、これが悪い! 私は悪くない!ってだけでは、
 暴力の解決にならないんだなって、今日は思いました」と声をかけてくださいました。



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 ■Wen-Do おすすめワークショップ■

 H24/9/15 pm~9/16夕方 前橋にて
 Wen-Doの基礎の全てを2日間集中講座で。前橋は群馬県だよん。
 あと4人まで http://bit.ly/h240915



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by selfdefence | 2012-09-07 14:11 | 女性支援
2012年 09月 05日

ラビングプレゼンスのブログ

こんにちは。Wen-Doインストラクターの福多唯です。

9月1日に名古屋でラビングプレゼンスの体験ワークショップを担当し、
そのときのことを
ラビングプレゼンス協会のブログに書きました。

ラビプレが、心身の好調・不調の波に、どう作用してくれるのかについて。
http://blog.loving-presence.net/?eid=33



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 H24/9/15 pm~9/16夕方 前橋にて
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by selfdefence | 2012-09-05 21:14 | つれづれ
2012年 09月 05日

電車で化粧

こんにちは。Wen-Doインストラクターの福多唯です。


今日、fbを見ていたら、ある動画が目に入ってきました。

歌なんですけど、メッセージは『電車内での化粧はやめましょう』というもので、
芸人さんが、そのメッセージを伝える歌を振り付きでおもしろおかしく歌っているの。


それは全然いいのです。
誰だって感じたことや主張したいことを言える世の中のほうがいいし、
電車内での化粧を嫌だなと思う人もいるでしょう(私はどうでもいいですけど)。
真っ向から頑なに主張するより、ユーモアを交えるほうがスマートだなと思うこともあるから、
お笑いにするのも、別にいいのです。


何にテンションが下がったかというと、
その芸人さんは男性なのに、女装で『車内での化粧はやめなはれ』と歌うの。


そして、歌詞には
「それって女の敵でっせ」とか
「ステキな方が見てはりまっせ」とかが入ってて、男性がバックダンサーにゾロゾロと出てくるの。


  *  *  *  *  *


ちょっと話は飛ぶようですが、私の中ではつながることなので、入れてみると。


ある公共施設のトイレの個室内で張り紙を見ました。
まあ、女性ならしばしば目にする、ありがちなもの。


正確な記憶ではないけど、全体的にこんな感じ↓。


   使用済みの生理用品はきちんと包んでしっかりと捨てましょう。
   おむつは各自で持ち帰りましょう。
   女性の『身だしなみ』です。
   皆が気持ちよく使えるよう、気配りを忘れずに。



文面自体が私の好みじゃないのだけども(笑)
それは個人の価値観なので脇に置くとして、


でも、
「女性の身だしなみ? 
 その3行目いらんやろ! なくても意味は通じるじゃん!」と思うわけです。



…という話を女友達にしてみたところ、
「そう? でも、生理用品は女性しか使わないものなんだから、
 その後始末について 女性の身だしなみって言われるのは当然で、
 別になんとも思わないけどなぁ??
 ひげそりを男の身だしなみ、って言うのと同じでしょ?」
というような返事がけっこう多かった。


ううむ。そう思うのか。


   
    けど、女性の身だしなみです の一文は、無くしてしまっても、
    その張り紙の日本語は通じるじゃない?
    それに、生理用品以外のものなら捨ててもいいとか
    生理用品さえ片付ければ使い方が汚くてもいいとかって話でもないよね。
    
    要は『きれいに使いましょう』なのだから、
    女性の身だしなみです なんてわざわざ入れなくても、
    『きれいに使いましょう』だけでいいじゃん、って思うんだけどなー。


「うん…まあ…そうだとは思うけど…。
 女性の身だしなみです ってあると、『あ!私に言われてるっ!』って
 ハッと出来る感じがする。張り紙が効果的っていうか。
 単にきれいに使いましょう、だけだと、標語みたいで流しちゃうけど、
 私は女だから、女性の…って言われることで、『あ!私だわっ!』って。
 効果があがるような気がするな」


それーっ! そこだよーっ!
私がううむと感じているのは、その『効果』の部分なのよーーー!!


と思いましたが、彼女は効果をポジティブなものとして捉えているので、
私の違和感は、いまひとつ伝わっていかない模様。



このような
『女性としての身だしなみ』とか『女なら当然』というような女性への抑圧は
あまりにも溢れています。
多くの女性はいちいち疑問にすら思わないくらいに。
(私もむかーしは全然なんとも感じなかった)


そして、女性のトイレ内にこうしたものを作って貼れるのはたいてい女性です。


それはわかっているけれども、
私は、「そういう女がいるから困るんだよ。…んっもう!」って思ってるわけではなく。


張り紙を作ったその人(多分女性)に、
やっぱ3行目のこの文言を入れなきゃね!! と
『自然に』思わせるように仕向けたのは、誰(何)なのか? 


そのあたりのことを思うと、このあたりはなかなか、厚くて高い壁だよな〜…と、
ちょっとため息が漏れてきちゃう。


  *  *  *  *  *


女性のセルフディフェンスの講座をやってて多いのが、
「相手が通り魔みたいな知らない人ならまだ、
 今日習ったことを使おう!と思えるのだけれど、
 知っている相手にはそう思いにくい。そのあたりはどうしたらいいか」という質問。


外部からの抑圧のほうがはねのけやすいですものね。

「かんけーないだろ。黙ってて!」「いきなり何すんの?!」と言える相手のほうが
No(ノー)を言いやすいし、率直に不快感を表明しやすいし、抵抗しやすい。


でも、それが知っている相手だと、そう単純ではなくなってきます。


所属する組織内、友人関係内、クラス内、サークル内、家族内、自分自身から…と
私達にかかる抑圧の出所が、身近で内部からのものになればばるほど、
はねのけるには手強くなります。

それと同じく、


女性にとって、男性からの抑圧よりも女性からの抑圧のほうが強力に作用する。


ほとんどの人はそれを意識はしないのかもしれません。
でも、多くの人がその効果は知っています。
そして、刃の鋭さには気づかないフリをして、振りかざすことがある。


男性の芸人さんに女装させて、『電車で化粧はやめなはれ』、
「それって女の敵でっせ」と歌わせる。

『男だけじゃなく、女も、電車内での女の化粧は見苦しいと思ってるんだよ』
というメッセージを、
女性への強力な抑圧として利用する。


男性芸人が、男性のままで『電車での化粧はやめとかんか』と歌うのでは
どうしてダメなの? 
電車での化粧が見苦しいと思うなら、
他の者にならずに、自分の言葉で自分自身のままで、そう言えばいい。
芸人さんなら、笑いのプロなのだから、
ユーモアを取り入れながら伝える術は、女装以外にも多種多様に持っているはず。


なのに、誰(何)かが彼らに女装をさせて、
女の発言として「それって女の敵でっせ」と歌わせる。


  *  *  *  *  *


女性のためのセルフディフェンスの仕事は楽しいです。
でも、時々、すごく辛い。

何が辛いかって、

『女性にとって、男性からの抑圧よりも女性からの抑圧のほうが強力に作用する』現状が
一番やるせなくて悲しいわけですよ!!!
(あ。3つも!をつけちゃった〜)


そして、それを支持しちゃってるのは誰…?というと、
男だ!とか女だ!みたいな単純な話ではないのだと思います。


《自分も、様々な縛りや抑圧のある社会の中で、
 もがきながら、でもなんとか生きている当事者のひとりだ》という
当事者としての苦しい潤いをやすやすと手放し、高見の見物を決め込み、
差別する側に回って痛みを回避しようとする、私達の弱い部分、が、
共通点を持つものを抑圧する構造を生み出すんじゃないか。



  *  *  *  *  *


私がWen-Doを通して見出した希望、求め続ける価値がある!と信じたものは、
「《私》が安心して力を発揮しようとすることができる社会」。


誰にだって、やりたいことに夢中になろうとする権利くらいあるじゃん。
それは基本的な人権。


けれども女性には様々な制約と抑圧、
特に、暴力の問題が覆い被さっていて、基本的な人権を行使しにくい。


女性だけに限りません。
『コントロールされる』側の下級に見られる層の人たちは、
『コントロールする』側に刃を向けることがないように、
『コントロールする』側の巧妙なやりかたによって内部で対立・分裂させられてきた。


「女の敵は女」だと考える女性がいることが問題の根なのではないのですよ。


「女の敵は女」だと皆に思わせておけば安泰で得をする層の人たちがいる。
そこに、私達はもっと敏感になってもいいのではないか?


「男に女の格好をさせて、あんな歌を歌わせるなんて、ヘンなのー。
 電車内で化粧する女が嫌なら、
 男のままでそう歌えばいいのにね。なんでわざわざ?」と
シンプルな疑問を抱く当たり前の感性を、手放すなんてもったいなくないか?



やりたいことに夢中になる、したいことを実現しようとする、という
女性の基本的な人権を女性自身が取り戻すためにも、


世の中の差別と抑圧の巧妙な構造に気づき、
制約や抑圧にNO(ノー)を示し、
必要があれば抵抗し、
自分の安全を自分で護れるように、その術を女性に広げる、
それが、女性のためのセルフディフェンスが目指すところ。


女性同士の対立構造を、さりげなく巧妙に作られて、
「女の敵は女」だと思わされる場面の多さには、ほんとに、やるせなくなります。


しかし、嘆いていても始まらないので。


Wen-Doを通じて、地道に地道に、
「女の敵は女 ではない。女の味方に女はなれる!」と、
女性たちと実感しあえる時間を広めよう。うん。
私に出来ることはそれだ。

と、固く強く、思うのでありました。



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by selfdefence | 2012-09-05 15:57 | 女性支援
2012年 09月 04日

恋愛と性に関するおしゃべりで女性のセルフディフェンス?!

こんにちは。Wen-Doインストラクターの福多唯です。


H24年9月2日、愛知県で有志女性が自発的にWen-Doの講習会を企画してくださり、
3時間弱の講座をしてきました♪


CAPや性教育のご活動に携わっていらっしゃる方々が多いと
予めお伺いしていたので、私自身、とても楽しみでした。


講座終了後は交流会♪
参加くださった方の中にお料理の大好きなかたがいらして
素晴らしい手料理をたっぷり振る舞ってくださいました。
そのごちそうに、交流会に参加する女性の皆が驚嘆の声をあげ、

「もし生まれ変わるなら、料理が楽しく上手に出来る人になりたいな〜」
などのつぶやきもあったりして、大爆笑。


交流会では色んな話が出来て、とても興味深い時間になりました。


中でも私の印象に強く残っているのは、
(話を聞いていて、私がこう捉えただけで、このような言葉遣いで語られたわけではないけれど)
女性への暴力は、男性からの言動だけではなくて、
社会システムや女性による女性への抑圧など、あらゆるものがあるね、というような話。


性に関しては特にそうで、

「今の性教育は、生殖の話の範囲内に留まっているし、そうでないと受け入れられないのが残念」


「中絶をすると女性の心身はとても傷つくものだ、というのが流布してて、
 『傷ついたでしょう。大変だったね』って勝手に言われちゃうことが多いけど、
 中絶してホッとする、っていう本心を抱く女性がいるのも事実。
 『(中絶ができて)良かったね』って言ってもらえたときに、
 命を断った罪悪感よりも安堵感が強い自分に感じていた罪悪感が
 すーっと溶けて流されるようで、ものすごく嬉しかった」


「『女の子は彼と手をにぎって抱き合っているだけで満足だけれども、
  男の子はそうでない場合が多い。その違いをお互いに理解しあいましょう』
 とかも定説になってるけど、あれって本当はどうなのかな?
 私はすっごくしたい。会えると決まったときから腰がソワソワする(笑)
 抱き合うだけで満足とか、ホント?と思う」


などの本音での話しが飛び交いました。面白かったです(^^)


定説とされることも、少しずつ、声があがるごとに変化します。
そのこと自体は嬉しく、大歓迎なのだけれども、
たったひとつの定説が万人をカバーしきれるはずはないので、
定説は抑圧として暴力的に作用する可能性が、常にあるよなぁ…、とも思います。


あと、これは知多の交流会とは全く別個のエピソードで。


かなり昔。友達と恋愛の話をしていて、
『どんなときに、相手から自分は大切に愛されていると実感できるの?』
『自分(友人)は、彼から愛されているかどうかいまひとつ自信が持てない』
という話が持ちかけられたことがあり、


うーん、私の場合は…と私が自分の話をしたことがありました。


私が当時つきあっていた人は、好きだとか愛してるだとか、
わかりやすいことは一度も言ってくれたことがなく、
プレゼントをくれるわけでもないし、
どのようにしてつき合い始めたのかすら自分でもよくわからなかったくらい。


けど、私に触れるということや、私と性的な行為をする、ということに関して
(私に限らず他の女性でも彼はああなのかもしれませんが)、
ものすごく丁寧な人だったのでした。
何がどう丁寧なのか、詳しくブログに書けないのが残念(笑)。


で、具体的にどう丁寧なのか、というエピソードを交えながら
私が「そのあたりを通して、想ってもらえている実感があるから、
   言葉がなくてもあまり不安にはならない」と友人に話したところ、
友人が驚いたのです。
「そんな風にしてくれるの?!」と。


まあ、よく考えてみると、そんな話を具体的にする機会なんて
親しい友人関係だとしてもかなり限られています(普通はあまりしないよね)。
私も、その手の会話を出来た友人の数は片手の指以内で、限られていますし。



私達は、自分の経験している恋愛や性的行為と他の人のそれらとを
擦り合わせる術を持っていません。


せいぜいが、映画やドラマやマンガなどの『創られた』ものと
自分のリアルな体験を並べてみて、どうかな〜?と見てみる程度しかできない。

ただ、そのとき驚きだったのは、実は私も。
というのは、友人が話してくれた、友人の彼の友人への関わり方や言動の中には
私が経験したことがないものが含まれていて、
「え〜! そういうときにそんな風にしてもらえるなんて、すっごくステキじゃん!」
という発見があったからです。


××してくれる ということが必ずしも愛情の証拠ではないから、
本当のところなんてなかなかわからないし、
結局は相手が自分にどうしてくれるか、ではなく、
自分が相手を信じるのかどうか、好きなのかどうか、って話にはなるのだけれど、


けど、自分が経験したことのないそうした具体的でリアルなエピソードを聞くと、
「そういう扱いをされたら、それは嬉しいだろうなあ〜」と思えるようになり、
私もそういう風にしてもらいたいな、と具体的なイメージを持てるようになり、
パートナーにそのようにできる自分にもなるし、
パートナーにリクエストも出しやすくなり、


結果的に、関係が良好になりやすい、と言ってもいいのではないかという気がします。


何をどうしてもらえたら、
嬉しいのか、快適なのか、ホッとするのか、ワクワクするのか、大切に愛されていると実感できるか…は
そうしてもらえてはじめて気づくものであって、
経験がなく、増してや身近に見聞きできるサンプルすらないとなると、
何をどうしてもらえたら自分が喜ぶのか、自分でもよくわからないままになってしまう。

ノーも言えないし、
こうして欲しいというリクエストも出来ないままになってしまう。
我慢していることにすら気づかないままで行ってしまう。


恋愛や性行為で女性が傷つくのを減らすためにも、
このあたりの、「何をどうしてもらえることが嬉しい/快い/ホッとする」ことなのかの
リアルな情報交換が、もっともっと出来るようになったらいいのにな。

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by selfdefence | 2012-09-04 16:51 | つれづれ