今日はいただいたメールから考えてみます。
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《ご質問のメール》
> 唯さん、こんにちは。いつもメルマガありがとうございます。
> また唯さんに聞いてみたいことがあってメールします。
> 昨日、社宅の人たちとお話をしていたとき
> 「温泉などに行ったとき女の子(2歳くらいから)を、お父さんと
> 同じ男風呂に入れられるか。」という話になりました。
>
> 「入れられない。」と言う人は
> やっぱり最近の幼児をねらった犯罪を危惧しています。
>
> 「公衆浴場にはどんな人が来ているかわからない。
> 幼児性愛者(?というのかな)に目をつけられ、
> 車のナンバーを控えられたり、後をつけられたりしたら怖い。」
> 「今まで平気だったけど、親戚の人に『どういう人がいるか分から
> ないよ』と注意されてから、気になるようになった。」などなど。
>
> 私は、全然考えてなかったな〜。
> というより、うちは女の子二人だから
> そこまで考えると5歳と2歳を私一人で入れることになり疲れます…。
> いつも家で子どもをお風呂に入れているので
> そういうときくらいゆっくり入りたい。
> 本音は、夫に二人ともお任せしたいくらい。
>
> 護身術から見たら、やはり幼児といえども男風呂には入れない方がいいのでしょうか?
興味深い話題をふってくださってありがとうございました。
時々見聞きしますね。その手の防犯対策(というのかな)。
『小児性愛者が好む〜な服装は避けよう』とか、『女の子にスカートをはかせるときはスパッツを履かせて、フリルのついた下着などが見えないように』とか。
親がわが子を心配するのは当り前だし、“そのあたり”を懸念して、男湯に女の子を入れないでおこうと親御さんが考えるなら、私はそれを否定しようとは思いません。
けどそれは、「私は、このお守りを持っていると、安心できるの」とか、「大事な試験の前にはこれをすると験がかつげるんだ」と言うような、極めて個人的な想いを侵害してはならないと考えるからであって、その説を支持するからではないんですね。
だって理論的に考えたら、「じゃあ男の子はどうするの?」って思っちゃうんです、どうしても。
男の子だって被害にあうのだから、“そこまで懸念する”のだとしたら、男の子を男湯に入れるのも危険という、妙な話になっちゃう。
かつ、“そこまで懸念する”のだとしたら、“心配なさるような性的指向を持つ大人”(*こういうことに関して『小児性愛者』と書くのは、小児性愛者の方々への偏見を助長するようでどうしても抵抗があるので控えますね)は男性のみとは限らないわけで、
女湯だから大丈夫とも言えなくなる…。
いやいや、さらに言えば着衣の子だって被害にあっているのだし…。
…というわけで、
ほんとうに、深く、理論的に考えたら、『女の子を男湯に入れない』だけでは済まなくなります。
もちろん、物事を慎重に考え抜いて、ぬかりのない対策を取るというのは、とても難しいことです。できる範囲でできることを心掛けるしかない。
万全な自己防衛方法はないのだろうなーって思います。
そして『男湯に女の子を入れるべきではない』と同じように、『自分の命と引き換えにしてまで夜道を歩かなきゃいけない理由なんてないはずなのだから、夜道は歩くべきではない』『独り歩きはしないように!』『露出度の高い服装はNG』など、禁止型のアプローチは山ほどあり、どの方法も万全ではありません。
万全ではない上に、というか万全ではないからこそ、
禁止型のアプローチって、考え出したらキリがない。
慎重になればなるほど“やってはいけない”という禁止項目が際限なく増えていくような気がしてしまいます。
そういう制限や縛りを自ら課す毎日って、「安心」な毎日って言えるのかな…?
私は、どうせ万全でないなら、せめて選択肢を増やすようなアプローチや発想をなるべく大事にしたいと考えています。
私という個人の『お守り』や『ジンクス』はいくつかありますよ。
「これをするのはなんとなく怖いから、やらないようにしてるの」というようなことも。
けど、それが個人的で感覚的なものだという自覚は、こういう仕事だからこそ、持っていたいと思っています。
でないと
「あなたもこの壷を買えば、不幸に見舞われませんよ!」と売りつけるみたいな行為に等しいことを、無自覚にやってしまいそう(^^;
で、結論。
私は、『女の子を男湯に入れるべきではない』と公に語ろうとは思いません。
でも、「娘を男湯には入れたくない」と言う人のお気持ちは、“個人の範囲内での”自由として尊重しますし、されなくてはならないと思います。
同様に「本音を言えばふたりとも夫に入れてもらいたい」とのお気持ちや考えも尊重しますよ(^^)。
実際、大変ですよね。
うちは子どもがツインなので、すごい様子が思い浮かんでしまう(^^;
ただ、難しいのは、入れるか入れないかとか、
この問題をどう考えるかとう理論的な部分にあるのではなくて、
一度気にかけてしまうと、以前みたいに無邪気に夫に任せにくくなってしまう…という感情・感覚的な部分だったりしません?
女性へのセルフディフェンスが取組んできたことは、正にこの部分にあると思います。
自分が女である(女として男から見られる・扱われる)という現実の中で、
理屈じゃなく抱いてしまう(抱かされてしまう)、漠然とした恐れや不安・「女じゃダメなんだ」という無力感に対して、女性のセルフディフェンスは取組んできました。
だから、そこを乗り越えるのためにも、
女性のためのセルフディフェンスがお役に立てれば…と思っています。
そのために、私も今後も努力しますね!
おたより、ありがとうございました。
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女性のためのセルフディフェンス(護身術)WEN-DOについては
親サイト女性のためのセルフディフェンスにて。
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(c)「女性に役立つセルフディフェンス」WEN-DOインストラクター 福多唯
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