つれづれ

「したくない」は強力

こんにちは。
Wen-Doインストラクターの福多唯です。

度々話題になる「断り方」の話。
Wen-Doでもよく話題になります。
身体動作で相手を拒否るやりかたでなく、言語対応で済むなら、それに越したことはないわけで(*^^*)

現実的に自分に決定権がない場合なら、
「私には決定権がないので」と断ることは多くの人にとってもさほど難しくないようです
また、物理的に受けることができないオファーやお誘いも、「用事があるので」と断りやすいみたいです。

だから、つい、
「夫がダメだと言うものですから(私には決定権がありません)」とか、
「その日は別の用事があって、ごめんなさいね」とかを使いたくなる女性が多いようなのだけれど、


断りたい本当の理由が「したくないから」だとわかっていると、
気持ちと言動が一致せず、
それは傍目に誰からも気づかれないことだとしても、自分にはわかるから、
断ることに成功したとしてもモヤモヤは残っちゃいますよね〜。


やっぱり、多くの人が悩むのは「したくない」から断りたいときのようです。
自分の気持ちひとつ…だからこそ言いにくいのかもしれません。

私は、そういうときに、【自分の気持ちひとつ】と
自分で自分を追い込むアプローチはあまり好みではなくて、
逆に
【したいという気持ちがわかないのは何が理由になっているのかな?】と頭をめぐらすタイプです。

そうすると
・関心がそもそもないから、それについてしたいと思うこともない
・将来はその情報等を必要とすることもあるのかもしれないけど今は必要性を感じない(時期ではない)
・その情報は間に合っている
・他に優先したいことがあり、私にとって重要なものを誠実に大切にできる私でいたい気持ちがある
などなどの理由がそれなりに見つかってきたりして、
ちょっと言いやすくなったり。

そうやってみつけたもののひとつで、
あまり使用頻度は高くないけど、私が気に入っている秘技(?)は、

・苦手なタイプの人が来そうな予感がするので(ごめんね/遠慮します/やめときます などなど)

です。
意義や目的には賛同できても、
なんとな〜〜く、予感される場の感じというか、そこに集う方々の空気感というか…に
行ってみると「やっぱり…」となじめなかったりやられちゃったりすることってあって、
私は、何度も『自分の予感を信じて来なければ良かった(>_<、)』と思ったことがあるので。


そうやって姑息に(?)、自分なりのバリエーションを増やしているところですが、
先日、やってしまいました。


「〜って出来る?」と聞かれ。

  したくないから出来ないです。


と答えました。

あのときの爽快感っていったら。+..:*。+..:*!
んも〜、すごいのすごくないのって☆(←どっちだよ)


どうしてもっと早くこのひとことが言えなかったんだろーーー*\(^o^)/*
もっと早くこう言える自分になっていたら良かったーーーーー*\(^o^)/*

と一瞬思い、

これからはもっと自信を持って、このセリフも言える私になるぞ*\(^o^)/*

と一瞬決意し…かけたのだけど、


ちと待て、と。


爽快感に病み付きになるのは危険なサイン。ってことを思い出した。

Wen-Doの身体動作でも、その効果が強力なものほど、危険です。


爽快感や威力に取り付かれてしまうと、
『本当に言いたいことを本当に言いたい言い方で言えた』から爽快なのか、
『その言い方に威力があることを実感した』から爽快なのかを
検証しなくては…というモヤモヤが打ち消されて、
爽快感や威力を再度感じたくて仕方がなくなり、
我を無くすことにつながっていくし、


我を無くした状態で方法だけを振りかざしたとき、
私は、私ではいられなくなっている。
ただの《暴力化したツールを使う人》になって、
それを辞められない私になっていってしまいます。


みんながそうなるかどうかはわかりません。
でも、少なくとも私自信に関しては、
私はそうなる確立がとても高い一面を持っている…ということを私は知っています。


そんなわけで、

  したくないので出来ないです。


は、強力で、素晴らしいなぁ…と実感しつつも、
やっぱり、断り方のバリエーション探しの旅はこれからも続けようと思いました。


相手にも状況にも前後の文脈にもよるから、バリエーションは無限だな、きっと。








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by selfdefence | 2014-01-17 18:29 | つれづれ

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