女性のためのセルフディフェンスWen-Do
インストラクターの福多唯です。
考えてみても当面答えは出ない(出せない)ことに、
気持ちを持っていかれちゃうことって、誰でもあるのだろうなと思うのですが、
先日、(あなたは)どうしたいの? と聞かれて、
「知らねーよ! そんなことすら考えたくないときが人生にはあるんだよ!」と、
暴れたくなりました(^^;;
そう。
『あなたはどうしたいの?』が、突き刺さっちゃうときって、あるんだよなぁ。
色んなことを、自分で選ばなければ、
自分の人生が作りにくくなったのっていつごろからなんだろう?
昔のほうが良かったと思うわけでは決してないし、
自由に選べる、というのは、とても大切なことだと基本的には思っているのだけど、
偶発的な出来事(運命とか宿命と思う人もいるかもしれません)とか、
それらに対するセレンディピティ?みたいな直感に、
もっと私の毎日が大きく影響されていた時期って、あったような気がする。
これしかないという枠組みの中で、
それでもそれなりに幸せだった時期が、確実に存在していたように思う。
『どうしたいの?』かぁ…。
強いていえば、「今はこうするしかない」と思いたい。
選ぶことを放棄したい。
選ぶことを放棄したい、と思えることすら、
《選ぼうと思えば選べる》状況があってこそとわかっているけど。
『(あなたは)どうしたいの?』を口癖のように安易に使ってはいけないな。
という気づきを覚えておくために書いてみました。