つれづれ

茂木健一郎さんのブログで考えたコミュニケーション

こんにちは。Wen-Doインストラクターの福多唯です。


コミュニケーションの講座の仕事の丁度前日に、
茂木健一郎さんのブログ記事が更新されたのを読みました。


フォーカシングを愛好する私は、
『コミュニケーション』を考えるときに、「まずは自分と対話できなくては…」と頭に思い浮かべがちなところがあります。


実際、自分のそのときの身体感覚、
つまり、私達が普段「感じ」とか「思い」とか「ニーズ」とか「意見」と呼ぶようなものの、
球根みたいな部分を覚知できるかどうかは、
対人のコミュニケーションの質に大きく影響してくると私は感じているのですが、


そんなことを考え、翌日の講座内容にも予定していたときに、
茂木さんのブログの記事を読みました。


コミュニケーションの結果に、私達が期待するもの。
それは、
冷たさよりも温かさに近いだろう。
警戒心よりも、親近感に近いだろう。
「わかんない」より「わかる!」に近いだろう。
「なんだよ、それ!」より「イイネ!」に近いだろう。


自己覚知ができようが、できまいが、私達はそうしたものを期待するんじゃないか。


だとしたら、温かさとか、親近感とか、「わかる!」とか、「イイネ!」とかを
感じているときの身体感覚を呼び起こして、少し味わうようなことをしたらいいのではないか。


その実感を手がかりにして、
どうしたら、そうしたものを得やすいコミュニケーションを取れるのか。
どんな工夫ができるか、どんな稽古が有効か、を考えていく、
そんな講座内容のほうが、まさしく、皆にとって、
『親近感を覚え、わかる! イイネ!と思いやすい』講座に近くなるんじゃないか。


そんな風に、講座日直前に、考え直すことができました。


自分が、
美しくいられるとき、
整っていられるとき、
落ち着いて、揺るがずにいられるとき、
信念と共にあれるとき。


そんなときの身体感覚を、必要なときにスッと思い出してそこに戻れるようになったらいいなあと思います。


Wen-Doでは、対人実践的な練習は決してしませんが、「型」を練習することはあります。
そして「型」を練習するだけで、私達はいつも、充分に満たされます。
本物(本番)とかけ離れたものなのに、充足するのです。


それは「型」というものが、良い状態の自分の身体感覚に自分をすっと戻してくれる力を持つものだからなのでしょう、きっと。


茂木さんの、飾らない文章に感謝です。
深く満たされるコミュニケーションが取れているときの、コミュニケーションを取ろうとしているときの、自分の感覚を、ありありと思い出すことが出来ました。

茂木健一郎さんのブログ:クオリア日記
「言葉って、何を交わしているかではなく、交わしていること自体に意味があるのだろう。」

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by selfdefence | 2011-09-18 11:42 | つれづれ

女性のためのセルフディフェンスWen-Do Japan代表福多唯です。本当の声をあげたそのとき、世界は変わる☆と信じて、女性の声とエンパワーのための研修・講習・講師養成をしています。


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