つれづれ

怒りやジャッジ、評価などと離れて暮らす

こんにちは。Wen-Doの福多唯です。


7月15日の夜にトロントから自宅に戻ってきて一週間以上になりました。


最初、5日間くらいは、脳内やいろんな感覚が海外ボケしてる感じで、
自宅での生活に懐かしさをおぼえつつ、どことなく違和感を覚える感じ。

でも、6日目からなぜかパッキリとそれがなくなって、
7日目にはちょっとだけど仕事に戻れるようになりました。


* * * * * 


トロントではいろんなことが楽しく、充実していて、意味深くて、
行って本当に良かったと思えたのはもちろんなのだけれど、


今戻ってきてみて、何が一番良かっただろうか? と振り返ってみて
パッとすぐに思いついたのは、


そう言えば、この1ヶ月間、「怒り」と無縁だったなぁ……と。


自分が楽しくて充実していて会いたい人たちとばかり会っていたために、
私自身が怒らなかった…っていうこともあるけれど、


他者から怒られるとか、
チラッと『イヤミ?』と感じられるような態度を取られる(と私が感じる)とか、
失敗を『気をつけてよね』と言われる(と私が感じる)とかいうようなことと、
全く縁がなかったです。
怒りを感じるセンサーを全く私が起動させなかった、というか。


そうする必要がなかっただけなのか、
それとも、私自身のモードが少し変化していたのか。どうなんだろう。


そして怒りと無縁な30日間を過ごしてみて、改めて思うのは、
怒りというのは、激情であるとともに、
「どうしてアンタはそうなの?!」と、他者に対して侵入的になる行為なのだな、ということ。


侵入的な行為だとどこかで気づいているからこそ、
怒るときに多くの人は自分の怒りに正当性(理由)を持たせたくなるのかも。


人に迷惑だろう、とか、
自分は良くても他の人たちがどう思うかを考えたことはあるのか、とか、
そのままだと近い将来困ったことになるのを思いやって言ってやってるんだ、とか。


私が、全くそういう気持ちを他者に抱かずに30日間過ごしたというのは、
記憶にある範囲では、私にとって、はじめてのことのような気がします。


また、他者からの言動を、そうしたサインを含むものとして受け取らずに過ごした30日間も
これまたはじめてのことのような気がします。



 * * * * *


トロントにいる間の半分以上の日数を、私はある人の家に滞在させていただいていました。
彼女の影響がとても大きかったように思います。
とにかく、私への接し方が、とことん非侵入的。


身体的にはもちろん、情緒的にも、精神的にも。



何がどう…と具体的にひとつひとつを取り上げるのは難しいのだけれど…。
例えて言うなら、
食事をしていて、「おいしい?」って聞かれることすら一度もない、みたいな。


女性同士だと、
着ている服や髪型等についてのコメントって、普通に会話の一部になっているものですが、
彼女は他者の服装や髪型や化粧…等について全くコメントをしません。


似合ってるね、とか、それ素敵ね、とか、言いません。
だからもちろん「もっとちゃんとしたら?」とか「襟が曲がってるよ」とかも言いません。


  あ、一度だけあったな。
  「Yuiのペディキュアの色、私のと偶然一緒ね!」って言われたことはあります。


彼女の家での食事では、常に、毎回、
『私はそろそろおなかが空いたから食べようと思うんだけど、
 Yuiはどう? おなかは空いてる?』
『私は●●を作って食べようと思っているんけど、Yuiは何が食べたい感じ?』と私に尋ねます。
勝手に(お客様である)私の分を用意したり作ったり…はしませんし、
おもてなしをしなきゃ!みたいな気負いで私に何が食べたいかを聞くというのとも全然違う。


コーヒーだけは、朝起きると私が必ず飲むと彼女も知っていたので、
彼女のほうが先に起きていれば、
『おはよう。コーヒー出来てるわよ(コーヒーあるわよ)』と言ったけど
(『コーヒーを入れておいたよ』とは言いません)、

そのほかのものは、
私の意向を確認せずに 『Yuiの朝食も作っといたよ』『Yuiのもやっておいたよ』等、
用意されたり言われたりしたことは、一度もありませんでした。




最初のころは、彼女のその非侵入的な物言いをうっすら感じつつも、
日本語と英語の言語体系の違いなのかな?と思っていたのですが、


けど、トロントで他の人と話しをすると、全員が彼女のような言動ではないわけで。
ああ、やっぱりあれは英語だからじゃなくて、彼女のスタイルなのだなとわかってきます。



私が、彼女の家での洗い物や掃除をしても、彼女は特に何も言いません。
その〈現場〉にバッタリと出くわせば『あら。サンキュー』くらいはさらりと言うけど、それだけ。
そうでない限り、
『洗い物/掃除しておいてくれたのね。どうもありがとう』とか
『そんなこと、気を遣わなくてもいいのに』とか、
どちらの意味でも、コメントされるということがありません。


私が彼女の家に滞在するからといって、特別に私に気を遣うという感じがとにかくないのです。
行って2日後(まだ時差ボケ中で私もヘロヘロ)に
『今日、■■■っていう女性がウチに来るわ。
 彼女は親しい友人で私の家に慣れてるから、こんにちはーって言ってそのままあがりこんでくるけど 不審者じゃないから大丈夫だからね。
 それに、Yuiは■■■が来てもそのまま好きにしていていいのよ。
 どのソファに座ってもいいし、お部屋で過ごしてもいいし、自由にしたいようにしていてね』と話があり、
その人はその日の午後にやってきて、
夜もリラックスしていたので、何時頃帰るのだろう?と思っていたら、
…2泊していきました(笑)。


私の滞在中に彼女の別居しているご家族の誕生日パーティー等もあったのですが、
そういうときは彼女は
『私は明日、娘の誕生パーティに●時頃から出かけるわ。
 Yuiはどんな予定?
 一緒に行きたければ大歓迎よ。ぜひ行きましょう。
 でも一緒に行くとネイティブの日常英会話の嵐になるだろうし、
 疲れていたり、気が進まないようだったり、
 家にいるほうが良ければそれでもいいのよ』みたいな感じ。

彼女にとって、私のために彼女が家族の誕生日パーティーに行かない、という選択はなく、
行くに際して「Yuiがせっかく来てるのに、出かけるなんてごめんなさいね」となることもない。
 

あっさりしている…という感じ方もあるかもしれず、実際そうなのですが、
私の健康や安全に差し支えるかもしれなことについては、 徹底的に慎重に対応してくれました。

例えば、私は喘息です。
「何が苦手か? Yuiの身体に悪いものは?」と聞かれたので
「強いて言えば、タバコの煙、アルコール、猫。
 でもそれらと多少の接触があっても一時的なら大丈夫」と返事をしたところ、
私の滞在中、徹底的にその3つには気を配ってくれました。


彼女とふたりで街中にショッピングに行き、歩きタバコの人とすれ違う場面があるとすると、
彼女は私を必ずタバコから見て風上に位置するようにして、必要があれば進路すら変え、
さらにタバコと私の間に彼女が入って盾になります。
レストランやバーで、あるいはパーティーで、タバコを吸う人がいるときも同じです。
しかも、非常にさりげなく。


別のあるときにはこんなこともありました。


やはり彼女とふたりで街を歩いていたときに、
タバコの人はいないのに、私から見て左側(車道側)をずっと歩いていた彼女が
ある瞬間、私の右側に回り、私を車道側にしました。
なぜ、必ず車道側を歩く彼女が、その100メートルほどは建物側に回ったんだろう?と
ふと見たら、ある建物の前に人が3人、しゃがみこんで話をしていました。


ああ、あの人たちと私との間に入るために彼女はスイッチしたんだな、と直感したのですが、
そこを歩いているときにはそれを話題にはしないほうが良いように思ったので、


帰宅後に「今日歩いた道に、実は何か危ない建物とか人がいたところがあった?」と聞いたら、
『ええ、一カ所ね。
 借金でどうしようもなくなっちゃった人を集めて、搾取するかのように働かせている、
 あまり良くない団体の事務所があったの。
 あそこに出入りする人は皆切羽詰まってるから…』ということでした。



なんというか、いわゆる「おもてなし」路線とは異なるやり方で、
一見放置のようにも思えるような、あっさりした対応なのだけれど、
私は、彼女の私への接し方に温かさを感じ、
しかもここまで徹底されると、侵入のない生活ってこんなに快適で穏やかなのか〜と
身体中で知りました。



* * * * *


そんな毎日を送っていると、たいていのことはどうでも良くなります。
どうでもいい、っていうのは投げやりな意味ではもちろんなくて、
「たいした問題ではないな」「私の問題ではないな」って思えるようになれる感じ。



怒る、叱責する、責める、批評する、非難する、評価する、ジャッジする、
「私はこう思うけどな」とチラリと言ってみる(言われる)…などが全くない30日間を送ると、


自分はこれまで、こうした侵入的な行為を、なんて軽はずみにしていたんだろう…って感じるし、
そうした行為がもし必要とされる場面があるとしたら、
それはほんとうに余程のときだけであって、
普段はそうしたことは全く必要ないのではないか、という感覚になってきます。



私の自宅での生活では子どもたちがいるので、
あれ手伝って!これ持ってきて!、
あれはやったの? 約束したならやらなきゃダメでしょ、
そろそろ起きないと間に合わないと思うよ、
いいかげんに寝ないと朝起きられなくなるんじゃないの、…などなど、
ついつい、のどから出てきそうになるのだけれど、


「そのセリフを言わなくても、私は子どもと一緒に暮らせるんじゃないか?」
「その侵入は、本当に今、この場面で、
 相手にとっても私にとっても必要不可欠だと、自信を持ってそう思えるものなの?」
と自問すると、


たいていのことは、要らない感じがしてくるわけです。



この感じをキープしたいなあ。
最初はなかなかできなくて、するとしても自問が必要で、無意識レベルで身に付くところまでは
なかなか行かないんだろうけど、

それでも、繰り返して、取り組み続けて、自分の中に身につけていって、
最終的には自問ナシで当たり前のようにそれがやれるようになったら、


私は、相当楽になれる予感がします。
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by selfdefence | 2011-07-24 20:15 | つれづれ

女性のためのセルフディフェンスWen-Do Japan代表福多唯です。本当の声をあげたそのとき、世界は変わる☆と信じて、女性の声とエンパワーのための研修・講習・講師養成をしています。


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